部長職から課長職へ、課長職から平社員へ、工場長から作業員へ、といったように、役職が引き下げられることを一般に「降格」といいます。
このような降格は、その降格の対象となった労働者の会社内での地位に大きな変更を及ぼすことになりますので、使用者(会社)から降格を命じられた場合にそれを受け入れなければならないのか、それともその降格を拒否して従前の役職のまま勤務することができるのかといった点は労働者にとって非常に重要な事柄であると考えられます。
そこで今回は、会社から一方的に「降格」を命じられた場合、それを拒否することはできないのか(降格を受け入れなければならないのか)といった点について考えてみることにいたしましょう。
「降格」は3種類に分類される
使用者(会社)から一方的に「降格」を命じられた場合の有効性について考える前提として、「降格」の種類が大きく分けて3つに分類されることを理解しておかなければなりません。
なぜなら、役職が引き下げられる「降格」といっても、その「降格」を命じる場面によってその性質が微妙に異なりますので、自分が受けた「降格」がどのような性質を持つ「降格」であるのかによってその「降格」の有効性の判断基準も異なることになるからです。
なお、役職の引下げとなる「降格」は大きく分けて「人事権の行使としての降格」と「職能資格の引下げとしての降格」と「懲戒処分としての降格」の3種類に分類されますので、以下それぞれの「降格」ごとに「使用者(会社)が一方的に降格を命じることができるのか」という点を解説していくことにいたします。
Ⅰ.「人事権の行使」としての降格の場合
「人事権の行使」としての降格とは、その役職に見合う成績を残せなかったなど成績不良を理由として会社の人事上の措置として降格される場合をいいます。
たとえば、部長職に任命されたもののその部署が思うように成績が延びなかったため課長に降格されるとか、工場長に任命されたものの事故が多発したため一般作業員に降格させられるというような場合が代表的な例として挙げられるでしょう。
(1)「人事権の行使」としての降格は原則として使用者(会社)の裁量権の範囲内として是認される
「降格」が「人事権の行使」として行われた場合には、原則としてその「降格」は使用者(会社)の裁量権の範囲内と判断されることになりますので、降格の対象となった労働者は基本的にその「降格」を拒否することはできません。
なぜなら、使用者(会社)は、企業活動を行って最大限の利益を出すとともに企業秩序を維持して労働者に適切な労働環境を提供する義務も負担していることになりますから、その必要な範囲で労働者の配置や移動、人事考課などを決定又は変更する「人事権」を労働契約(雇用契約)上当然に有していると考えられ、その人事権を行使するうえで必要と認められる「降格」についても当然に認められるものと考えられるからです。
たとえば、「成績が悪かった」という理由で降格させられた場合には、「成績が悪い労働者を降格させる(させない)」「能力の高い労働者を昇格させる(させない)」というような判断は使用者(会社)の人事権の範囲内に含まれる事項と考えられますので、使用者(会社)が正当な評価をしたうえでその労働者について「その役職に適していない」と判断したのであれば、その「降格」も適切な人事権の行使として認められることになるでしょう。
そのため、「人事権の行使としての降格」の対象となった労働者は、後述するような「労働契約で合意された職種の範囲を超える」とか「人事権の濫用と判断される」というような事情でもない限り、その降格を拒否することは難しいということになるものと考えられます。
なお、「人事権の行使としての降格」はこのように労働契約上の人事権として当然に認められることになりますから、降格を命じることが就業規則や労働契約書に具体的に明記されている必要はありません。
「人事権の行使としての降格」は労働契約(雇用契約)上の人事権として当然に認められることになりますから、たとえ就業規則や労働契約書に「会社は労働者を降格させることができる」といった定めがない場合でも、会社側の裁量的な判断で一方的に降格させることができるというのが基本的な考え方となります。
(2)ただし「労働契約で合意された職種の範囲を超える」降格や「人事権の濫用」と判断される降格は無効となる
もっとも、労働契約(雇用契約)上当然に人事権が認められるからといって無制限に「人事権の行使」としての降格が認められるわけではなく、その降格が「労働契約で合意された職種の範囲を超える」ものであったり「権利の濫用(人事権の濫用)」と判断される場合には、その「降格」は無効と判断されることになります。
なぜなら、たとえ使用者(会社)の裁量に基づく「降格」が労働契約(雇用契約)上当然に人事権として認められているとしても、その降格に職種の変更が含まれる場合には「労働契約で合意された職種の範囲を超える人事権の行使」となり労働契約上認められた人事権の範囲を超えるものとなりますし、労働契約上人事権が認められるとしても、その権利(人事権)を濫用することまでは認められないからです(労働契約法第3条5項)。
労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
具体的にどのような「降格」が「労働契約で合意された職種の範囲を超える」もしくは「人事権の濫用」と判断されるかはケースバイケースで判断するしかありませんが、たとえば前者の場合であれば美容師で採用された労働者をアシスタント職に降格される場合が該当すると考えられますし、後者の場合であれば、会社の違法行為を監督官庁に内部告発した役職者に対して制裁的な措置として降格させる場合や、セクハラ等のハラスメントを抗議した役職者を降格させたり、特定の宗教・政治信条をもった労働者を降格させる場合などが該当することになるのではないかと思われます。
なお、この点についてはこちらのページで詳しく解説していますので参考にしてください。
(3)人事権の行使として不当な降格を命じられた場合の対処法
なお、人事権の行使として不当な降格を命じられた場合の具体的な対処法についてもこちらのページで詳細に解説しています。
Ⅱ.「職能資格の引下げ」としての降格の場合
「職能資格」とは、例えば就業規則で会社内での労働者の地位に等級が設けられており、勤続年数や労働者の能力、経験などに応じてその等級が引き上げられることで労働者の地位が上昇されるような場合をいいます。
たとえば、勤続年数が3年までは10等級、3年から5年までが9等級、勤続40年で3等級などと勤続年数で等級に変更が生じるような定めが就業規則に盛り込まれているような場合が代表的で、このような会社では等級に応じて賃金も変更されるように定められていることも多いのではないかと思います。
(1)「職能資格の引下げとしての降格」は「就業規則の変更」または「本人の同意」の問題
使用者(会社)が「職能資格」引き下げて労働者を「降格」させる場合には、「就業規則の変更」もしくは「労働者の個別の同意」が必要になります。
なぜなら、「職能資格」の制度を設ける場合には就業規則の定めもしくは個別の労働契約における労働者の承諾が必要になりますが、就業規則や労働契約で制度化された「職能資格」を、その制度化された基準に達したと認められて労働者が取得したのであれば、その「職能資格」の制度自体が変更されない限り、その労働者がいったん取得した「職能資格」を失うことは理論的にあり得ないからです。
この点については『職能資格(等級)の引き下げにより降格させられた場合』のページで詳しく解説していますのでここでは詳述しませんが、「職能資格」を「引下げ」ることによって労働者を「降格」させる場合には、就業規則の変更を行うか、個別の労働契約を変更するかしない限り、その「職能資格の引下げによる降格」はその対象となる労働者を拘束しない(降格は無効になる)ことになります。
(2)「職能資格の引下げとしての降格」は「就業規則の変更の有無」や「周知されていたか」等で判断される
使用者(会社)が就業規則を変更して労働者の労働条件を不利益に変更する場合には原則として労働者の合意を得ることが必要であり(労働契約法第9条)、また使用者(会社)は労働者に対して労働契約の内容を書面を交付するなどして理解させる義務があります(労働契約法第4条)。
また、使用者(会社)が労働者の合意を得ないで就業規則を変更し労働者の労働条件を不利益に変更することも例外的に認められていますが、労働者の合意を得ないで就業規則を労働者の不利益に変更する場合にも、その変更後の就業規則が労働者に周知されていなければなりません(労働契約法第10条)。
そうすると、仮に「職能資格の引下げとしての降格」の有効性が問題となるケースの場合として考えられるのは、使用者(会社)が就業規則を変更せずに一方的に職能資格を引き下げた場合か、就業規則の変更はなされたものの労働者の合意(同意)を得ていないにもかかわらず労働者に変更後の修行規則を周知させていなかった場合に限定されるのではないかと思われます。
そのため、仮に職能資格を引き下げられることによって降格させられてしまった場合には、その職能資格の引下げについて就業規則の変更はなされているか、また変更がなされていたとしてもその変更後の就業規則の内容について労働者に周知されていたかといった点について十分い確認することが必要であると考えられます。
(3)職能資格の引下げによる降格を受けた場合の対処法
なお、職能資格の引下げを理由に降格させられた場合の対処法については『職能資格(等級)の引き下げにより降格させられた場合』のページで詳しく解説していますので参考にしてください。
Ⅲ.「懲戒処分」としての降格の場合
「懲戒処分」については『懲戒処分はどのような場合に認められるのか?』のページで詳しく解説していますのでここでは詳述いたしませんが、使用者(会社)が労働契約(雇用契約)上当然に認められる企業秩序定立権に基づいて労働者に制裁を加えることが「懲戒処分」と呼ばれています。
(1)就業規則にあらかじめ「懲戒処分としての降格」が定められている場合には原則として拒否できない
使用者(会社)が労働者に対して「懲戒処分」を与える場合には、あらかじめ就業規則にその懲戒事由と懲戒処分の種類及び程度を定めておく必要がありますので、仮に「懲戒事由」が明確に就業規則に定められていて「懲戒処分の種類及び内容」として「懲戒処分としての降格」についても就業規則に定められているような場合において、その懲戒事由に該当するような行為を行った場合には、その「懲戒処分としての降格」も後述する権利の濫用にあたらない限り有効と考えられますから、その「降格」を拒否することはできないものとかんがえられます。
そのため、「懲戒処分としての降格」が命じられた場合には、まずその懲戒処分の対象となる懲戒事由が就業規則に定められているか、また懲戒事由として「降格」という処分が定められているかといった点を確認する必要があります(※詳しくは→『懲戒処分の種類にはどのようなものがある?』)。
(2)ただし懲戒処分が権利の濫用と判断される場合には無効となる
もっとも、就業規則に「懲戒処分としての降格」が定められているからといって必ずしもすべての懲戒処分が有効になるわけではありません。
仮に就業規則に「懲戒処分としての降格」が定められていたとしても、使用者(会社)が労働者に懲戒処分を与える場合にはその懲戒事由に基づいて懲戒処分(この場合は降格)をすることが客観的に合理的であり社会通念上相当といえる事情がない限りその懲戒処分は無効と判断されることになりますから(労働契約法の第15条)、そのような「客観的合理的な理由」や「社会通念上の相当性」があったかという点を十分検証してみることが必要となります。
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
仮に、その懲戒処分に客観的合理的理由がなかったり、客観的合理的理由があってもその理由に基づいて降格させさせられることが社会通念上相当と認められないような事情がある場合には、その「懲戒処分としての降格」は無効と判断されることになりますから、その「降格」を拒否することも可能と考えられますし、会社に対してその懲戒処分の撤回を求めていくこともできるものと考えられます。
(3)懲戒処分としての降格を命じられた場合の対処法
なお、懲戒処分としての降格を命じられた場合の具体的な対処法などについては『懲戒処分によって降格させられた場合の対処法』のページを参考にしてください。