正社員として働いている人が何らかのミスをしたり、成績が悪いなどといった理由で、正社員からアルバイト(またはパート、契約社員など)などに「降格」させられるケースがあります。
しかし、正社員が終身雇用の正規労働者として雇用されている一方、アルバイトは契約の更新が必要な非正規労働者として雇用されるのが一般的ですから、仮に労働者側に何らかの落ち度があったとしても、それを理由に立場の不安定な非正規労働者に「降格」させられてしまうのはあまりにも労働者側の不利益が大き過ぎて不都合にも感じられます。
そこで今回は、正社員からアルバイトへの「降格」は法律上または労働契約上認められるのか、また実際に正社員からアルバイトへ降格させられてしまった場合にはどのような対処を取ればよいか、といった点について考えてみることにいたしましょう。
「正社員」から「アルバイト」に「降格」させることはできない
結論からいうと、たとえ労働者に責められるべき事情があったとしても、使用者(会社)はその労働者を「正社員」から「アルバイト(又はパートや契約社員)」に「降格」させることはできません。
なぜなら、「降格」という労働者の地位に変更を及ぼす行為は、その労働者と使用者(会社)の間で結ばれた「労働契約(雇用契約)」に内在する人事権や懲戒権(これらをまとめて企業秩序定立権といったりもします)を根拠として認められることになりますので、「正社員」として労働契約(雇用契約)が結ばれている以上、その「降格」という人事権または懲戒権の行使も「正社員」という労働契約(雇用契約)の枠組みを超えてまで認めることはできないからです。
(※この点については『会社が勝手に降格させるのは違法ではないのか?』のページで詳細に解説していますので詳しく知りたい人はそちらをご覧ください。)
使用者(会社)が労働者を「降格」させるケースとしては「人事権の行使」として降格させる場合と「懲戒権の行使」としての降格させる場合の2つのケースがありますが、人事権も懲戒権も「労働契約(雇用契約)」に内在する企業秩序定立権の一つとして認められることになりますので、どちらのケースの「降格」であっても、その対象となる労働者との間で結ばれた「労働契約(雇用契約)」の枠組みの中でのみ「降格」させることが認められるということになります。
この点、労働者が「正社員」として使用者(会社)に雇用された場合には、「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」としていわゆる”終身雇用”となる正規労働者としての契約が結ばれることになりますから、会社が「正社員(期間の定めのない雇用契約)」として雇い入れた労働者を「降格」させる場合には、その「正社員(期間の定めのない雇用契約)」としての枠組みの中でのみ、その「降格」を命じることができるということになります。
一方、「アルバイト」や「パート」「契約社員」などで雇用された場合には「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」として更新期間の設定された非正規労働者としての契約が結ばれることになるのが通常ですから、会社が「アルバイト又はパート・契約社員(期間の定めのある雇用契約)」として雇い入れた労働者を「降格」させる場合には、その「アルバイト又はパート・契約社員(期間の定めのある雇用契約)」としての枠組みの中でのみ、「降格」を命じることができるということになります。
そうであれば、「正社員」として雇用している労働者を「アルバイト(パート・契約社員)」に「降格」させることはできません。
「正社員」から「アルバイト・パート・契約社員」への「降格」は、その契約自体が「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」から「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」に強制的に変更させられてしまうことになるからです。
「正社員」から「アルバイト・パート・契約社員」への「降格」は、その実質は「期間の定めのない雇用契約」から「期間の定めのある雇用契約」への雇用契約の変更(無期労働契約から有期労働契約への変更)であって、それは実質的には「正社員」としての契約を「解除(解雇)」して新たに「アルバイト(パート・契約社員)」として再契約するのと変わりません。
このように、「正社員」を「アルバイト・パート・契約社員」に「降格」させることは、従前締結されていた「正社員」としての「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」という契約の枠組みを超えてしまうことになりますので認められないということになるのです。
就業規則に「正社員からアルバイトへの降格を命じることができる」という定めがあっても正社員からアルバイトへの降格は命じられない
前述したように、使用者(会社)が労働者に対して「降格」を命じることができるのは、使用者(会社)と労働者の間で結ばれた労働契約(雇用契約)」に内在する人事権や懲戒権によって認められるものに過ぎませんから、その「労働契約(雇用契約)」自体を変更させるような「正社員」から「アルバイト」への降格は、実質的には解雇と同じことになるので認められないことになります。
では、あらかじめ就業規則に「会社は労働者に対して正社員からアルバイトへの降格を命じることができる」といったような定めが設けられている場合にはどうなるでしょうか?
就業規則で定めた労働条件が労働者に周知されている場合にはその就業規則で定めた労働条件が労働契約(雇用契約)の内容として合意されたことになりますので(労働契約法第7条)、このような就業規則の定めがある場合には、労働者の側であらかじめ「正社員からアルバイトに降格(契約が変更)させられる可能性があること」を認識したうえで労働契約(雇用契約)」を結んでいることになりますから、このような就業規則の定めがある会社では正社員からアルバイトへの降格を命じることも認められるのではないかと思えるため問題となります。
しかし、仮にこのような就業規則の定めがあったとしても、使用者(会社)は「人事権の行使」としても「懲戒権の行使」としても労働者に対して正社員からアルバイトへの降格を命じることはできません。
なぜなら、「正社員」が「アルバイト(パート・契約社員)」に「降格」させられる場合には、「無期雇用契約」から「有期雇用契約」に契約が変更されることになりますが、このような契約自体が変更される行為は、社会通念的に考えれば「正社員」としての労働契約をいったん終了して新たに「アルバイト(パート・契約社員)」としての契約を結びなおす行為に他ならないからです。
過去の裁判例でも、雇用の同一性を失わせるような労働者の職務内容を一方的に変更することを認める就業規則の定めは労働契約の内容とはなり得ないと判断されているものがありますので(倉田学園事件:高松地裁平成元年5月25日)、仮に就業規則に「会社は労働者に対して正社員からアルバイトへの降格を命じることができる」といったような定めが設けられていたとしても、会社側が一方的に正社員からアルバイトに「降格」させることはできないものと考えられています。
したがって、仮にそのような「降格」を命じられた場合であっても、それは人事権や懲戒権の範囲を超えた「降格」であって「降格」ではなく、強制的に「解雇」された後にアルバイト(パート・契約社員)」として「再契約」されることに他なりませんから、そのような実質的な「再契約」である「降格」に同意しなければならない義務もないことになります。
正社員からアルバイトに「降格」させられた場合の対処法
以上のように、使用者(会社)が労働者に対して「正社員」から「アルバイト(パート・契約社員)」に「降格」させることは、人事権の行使としても、懲戒処分における懲戒権の行使としても認められませんから、たとえそのような「降格」を命じられたとしてもその「降格」は無効と判断されます。
もっとも、悪質な会社によってはそのような「降格」が労働契約上の効力を有しないのを承知のうえで「降格」と称してアルバイト(パート・契約社員)」への契約の変更を強硬したり、執拗にその変更への同意を求めてくることもありますから、そのような場合には具体的な対処法を選択して適切に対応する必要が生じます。
なお、その場合の具体的な対処法としては次のような方法が考えられます。
(1)アルバイトへの「降格」に同意しないこと
まず気を付けなければならないのは、会社からアルバイトへの「降格」に同意を求められても絶対に同意してはならないという点です。
正社員からアルバイトへの降格は前述したように労働契約上の根拠のない無効なものといえますが、仮に同意してしまった場合には、正社員の労働契約をいったん「合意解約」して新たにアルバイトとして「再契約」することに同意してしまうことになってしまい、アルバイトへの契約変更が形式的に有効になってしまう恐れがあります。
もちろん、このような場合でも後述するようにその再契約自体の無効を主張していくことができないわけではありませんが、「降格(アルバイトへの契約の変更)」同意を与えてしまうとアルバイトへの契約変更が事実上成立してしまいますので同意を迫られても拒否するよう心掛ける必要があるといえます。
(2)申入書(通知書)を送付する
アルバイトへの「降格」を拒否しても会社側が一方的に「降格」と称して労働契約をアルバイトなど「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」に変更してしまったり、会社側に執拗に迫られたため契約の変更に同意してしまったような場合には、アルバイトへの契約変更の撤回を求める申入書(通知書)を作成し、文書(書面)という形で撤回を求めるのも一つの方法として有効と考えられます。
口頭で「本人の同意のないアルバイトへの契約変更は無効だ!」とか「アルバイトへの契約変更を撤回しろ!」と抗議して受け入れられない場合でも、文書(書面)という形で正式に抗議すれば、企業側が考えを改めてその処分を撤回するかもしれませんし、内容証明郵便で送付すれば「弁護士にでも相談したんじゃないだろうか」というプレッシャーを与えることが出来ますので、通知書という文書の形で通知することも一定の効果があると思われます。
なお、この場合に会社に送付する申入書(通知書)の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
(3)労働局に紛争解決援助の申立を行う
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。
【個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条1項】
都道府県労働局長は(省略)個別労働関係紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。
この点、正社員からアルバイトへの「降格」を命じられていたり、「降格」という名の「アルバイトへの再契約」に同意するよう求められているような場合にも、「アルバイトへの降格は実質的な契約の変更だから同意する必要はない!」とか「アルバイトへの降格は事実上の契約変更だから撤回しろ!」と主張する労働者と「アルバイトへの降格は有効だ!」と主張する会社側との間に”紛争”が発生しているということになりますので、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能になります。
労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、会社側が労働局の指導等に従うようであれば、それまでの態度を改めて不当なアルバイトへの契約変更を撤回する可能性も期待できるでしょう。
なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助の申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
(4)弁護士などに依頼し裁判や調停を行う
上記のような手段を用いても解決しなかったり、最初から裁判所の手続きを利用したいと思うような場合には弁護士に依頼して裁判を提起したり調停を申し立てるしかないでしょう。
弁護士に依頼するとそれなりの費用が必要ですが、法律の素人が中途半端な知識で交渉しても自分が不利になるだけの場合も有りますので、早めに弁護士に相談することも事案によっては必要になるかと思われます。