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出向命令を拒否することはできるのか?

会社からの指示で、勤務先の会社と別の会社で働くことを「出向」と言います。

出向は在籍出向とも呼ばれ、社員としての籍(地位)は元の会社に置かれたままで働く場所が出向先の会社になるだけともいえますが、仕事を命令する主体(会社・雇い主)が変更されることになるため、労働者にとっては重大な業務命令ともいえます。

ところで、会社から「出向」を命じられた場合、皆さんはどのような対応をとっている(または取る予定にしている)でしょうか?

会社が命じる「出向」は多くの場合、労働条件が従前を下回るものに変更されることが多く見受けられることから(出向先の方が待遇が良くなったという話はあまり聞かれません)、出向それ自体が労働者にとって極めて重大な労働条件の不利益的変更と言えます。

そのため、多くの人が「出向には応じたくない」と考えるのではないでしょうか?

そこで、今回は会社が命じる「出向命令」を拒否することはできるのか?という問題について考えてみることにいたしましょう。

なお、出向に類似する「転籍命令」を拒否することができるのかについては『転籍命令を拒否することはできるのか?』のページを参考にしてください。

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就業規則に「出向先での労働者の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格週休等の査定、その他の処遇など」が明確に定められていない限り「出向命令」は拒否できる

前述したとおり、出向(在籍出向)は、労働者にとっては労働条件の不利益変更と言えるものです。

そのため、『使用者(会社)が労働者に対して出向を命じることができる』という内容が労働契約(雇用契約)や就業規則の内容として含まれていない限り、使用者(会社)が出向命令や転籍命令を労働者に対して命ずる場合は各労働者の同意が必要と考えられています。

日東タイヤ事件(昭和48年最高裁第二小法廷判決)|厚生労働省

この点、使用者(会社・雇い主)が労働契約書(雇用契約書)や就業規則に

「会社は、業務の都合上、必要と認められる場合には、出向を命ずることができる」

というような規定を設けている場合が散見されますが、このような単に「出向・転籍を命じうる」とする規定が労働契約(雇用契約)等の内容になっていると言えるかが問題となります。

しかし、前述したように出向が労働者の不利益となる労働条件の変更となることにかんがみれば、このような単に「出向を命じうる」という包括的な規定では、実際に出向が命じられた場合にどのような会社に移籍させられるか、また給料などの労働条件がどのように変更されるかは明らかとされていないため労働者が将来起こりうる出向にあらかじめ承諾の意思を表示をしていたとはいえないと考えられます。

そのため、労働契約(雇用契約)や就業規則の規定によって出向命令が有効と言えるためには、労働契約(雇用契約)や就業規則に

「出向先での労働者の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格週休等の査定、その他の処遇など」

が明確に規定されていなければならないと考えられています。

したがって、たとえ労働契約書(雇用契約書)や就業規則に、単に「出向を命じることができる」と規定されている場合であっても、「出向先での労働者の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格週休等の査定、その他の処遇など」が規定されていない場合には、たとえ会社から出向命令を命じられたとしても、それを拒否することができる(労働者の同意がない限り出向を強制することはできない)ということになります(日本レストランシステム事件:大阪高裁平成17年1月25日、新日本製鐵・日鐵運輸第2事件:最高裁平成15年4月18日)

【配転命令の場合との違い】
出向と異なり、勤務する会社に変更がない「配転」の場合には、「会社は、業務の都合上必要がある場合には、出張、配置転換、転勤を命ずることができる」といった包括的な規定であっても、それが労働契約(雇用契約)や就業規則の内容となっている場合には、労働者は配転命令を拒否することができません(→『人事異動や配転命令を拒否することはできるのか?』)。
 配転命令は、転勤などで職場が移動になった場合であっても勤める会社に変更がなされるわけではないことから、包括的な規定でもOKであり労働者の同意は必要ないということになっているのです。
 この点、勤務先の会社が変更になる出向の場合と判断基準が異なりますので混同しないように注意が必要です。

就業規則に出向に関する事項が明確に規定されている場合であっても「権利の濫用」となる場合は拒否できる

前述したように、「出向先での労働者の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格週休等の査定、その他の処遇など」が具体的に明確に労働契約(雇用契約)や就業規則の内容として規定されている場合には、会社が命じる出向命令を拒否することはできません。

しかし、たとえ「出向先での労働者の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格週休等の査定、その他の処遇など」が具体的に規定されている場合であっても、その命じられる出向命令や転籍命令が「権利の濫用」と判断される場合には、その出向命令は無効となります。

たとえば、過去の裁判例では、腰痛の持病を持つ労働者をモップがけや清掃業務が主な職務内容となる会社に出向させる出向命令を行った事案について権利の濫用として無効と判断されたものや(東海旅客鉄道事:大阪地裁平成6年8月10日)、親の介護の必要性があるのに出向を命じられた案件で権利の濫用として無効と判断されたもの(日本ステンレス・日ス梱包事件:新潟地裁高田支部昭和61年10月31日などがあります。

もっとも、具体的にどのような場合が権利の濫用と判断できるかというところは一般の人には難しいと思いますので、勤めている会社から出向命令が出された場合には、速やかに弁護士など法律専門家に相談に行く方が良いでしょう。

ともあれ、使用者が命じる出向命令が権利の濫用と判断されるような事案であれば、出向命令を拒否することができるということは覚えておいて損はないと思います。

命じられたのが「出向」であることを正確に確認する

以上のように、就業規則や労働契約書に「出向先での労働者の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格週休等の査定、その他の処遇など」が具体的に記載されていている場合には、会社が労働者に対して出向を命じることができることになります。

もっとも、会社が出向を命じることができる場合であっても、実際に会社から出向を命じられた場合には、その出向命令が本当に「出向」を命じるものなのかを十分に確認する必要があります。

なぜなら、悪質な会社によっては「出向」と言いながら、その実質は「配転」であったり「転籍」であったりする場合があるからです。

そのため、自分が受けた出向命令が、本当に「出向(在籍出向)」なのか、それとも退職や再就職の伴う「転勤」の部類に含まれるものなのかというところは正確に会社から説明を受けておく必要があるでしょう。

※法律に疎い会社や経営者の中には”出向”と”配転”と”転籍”の区別がよく分かっていない人も多くいますので注意が必要です。
 なお、この点の違いは『配転と出向と転籍の違いとは?』のページで詳しく解説しています。

出向命令を受けた場合の対処法

(1)就業規則に出向に関する具体的な定めがあるか確認する

前述したように、会社が労働者に対して出向を命じる場合には、就業規則や労働契約書に「出向先での労働者の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格週休等の査定、その他の処遇など」が具体的に定められていることが必要です。

そのため、会社から出向を命じられた場合には、労働契約書(雇用契約書)や就業規則に、出向を命じる根拠が記された規定が盛り込まれているかという点を確認する必要があるでしょう。

なお、常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成して労働基準監督署に提出し、その就業規則を常時労働者が閲覧できるように掲示しておかなければなりませんので(労働基準法89条同106条1項、労働基準法施行規則52条の2)、法令違反を犯してない会社であれば誰でも就業規則を確認することができるはずです(※この点については『就業規則が変更されて賃金が減額されたときの対処法』のページで解説しています)。

(2)出向命令に対する異議の通知書を送付する

前述したように、出向命令は、出向に関する基本的な事項が明確に労働契約(雇用契約)や就業規則に明記されていない限り無効となります。

また、たとえ出向に関する基本的な事項が明確に労働契約(雇用契約)や就業規則に規定されている場合であっても、その出された出向命令が権利の濫用となる場合は無効となります。

しかし、会社の出した出向命令が無効になるような場合であっても、その出向命令を受けた労働者の側がその出向命令に同意した場合には、その出された出向命令に従わなければならなくなってしまいます。

そのため、会社から出向命令を受けた場合に、前述したような基準に照らしてその出向命令が無効と判断されるようなものであり、その出向命令や転籍命令に応じたくないという場合は、明確に「出向命令には同意しません」と異議を出す必要があります。

なぜなら、出向命令や転籍命令に異議を出さずに放置しておくと、会社側からその出向命令(転籍命令)に同意したと思われてしまう(黙示の承認を与えたことになる)からです。

異議を出す場合は口頭で「出向には同意できません」と回答してもかまいませんが、会社が執拗に出向を迫ったりする場合には、後日裁判になった場合に証拠として提出できるよう、書面で通知する方が良いでしょう。

なお、この場合に会社に送付する出向に関する異議の通知書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

出向命令に対する異議通知書【ひな形・書式】

(3)労働局に紛争解決の援助申立を行う

各都道府県に設置された労働局では、労働者と事業主の間に生じた労働トラブルについて必要に応じて助言や指導を行っており、この手続きは個別労働紛争解決の援助の申立と呼ばれています(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条)。

会社側から出された出向命令を受忍できない場合も「労働者と事業主の間に紛争が生じている」ということになりますから、労働者と事業主のどちらか一方が労働局に援助の申立を行えば、労働局から紛争解決の助言を受けたり、違法な行為を行っている事業主に対して行政指導を行ってもらうことが可能です。

また、仮にこの労働局からの助言や指導が行われても会社側が出向命令を撤回しない場合には、労働局に”あっせん”の申し立てを行うことでトラブルの解決を図ることも可能ですので、労働局に紛争解決の援助を申立てることによって会社側が出向命令を撤回することが期待できるでしょう。

(※”あっせん”とは裁判所の民事調停のような手続きで、労働局に設置された労働調整委員会が労働者と事業主の間に立って意見聴取や問題解決へのあっせん案を提示するなどする手続です)。

これら「労働局への援助の申立」や「労働局のあっせん」の手続は、全て無料で利用することができますので、会社と話し合いを行っても出向命令が撤回されない場合には、労働局に相談に行くのも一つの解決方法として有効ではないかと思います。

なお、労働局に対する「労働局への援助の申立」や「労働局のあっせん」の手続の利用方法については、全国の労働局で相談を受け付けていますので気軽に問い合わせしてみるとよいでしょう。

ちなみに、労働局に紛争解決援助の申立をする場合の申立書の記載例はこちらのページでご確認ください。

▶ 出向命令を拒否する場合の労働局への援助申立書の記載例

(4)ADR(裁判外紛争解決手続)を利用する

ADRとは「Alternative Dispute Resolution」の略省で、弁護士など法律の専門家が紛争の当事者の間に立ち、中立的な立場で両者の話し合いを促す調停のような手続のことをいいます。

当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、弁護士などの専門家が間に入ることにより違法な解決策が提示される心配がないといったところが大きな利点で、裁判とは異なるため裁判費用や弁護士に依頼する弁護士報酬なども発生しないことから費用的に安価な費用で問題解決が図れるのも大きなメリットといえます。

もちろん、ADRの調停役になる弁護士や司法書士、社会保険労務士などに支払う費用が発生しますが、通常は数千円~数万円程度であり、裁判を行う場合より格段に安い費用で収まることが多いので経済的な負担はそれほど感じないでしょう。

また、社内での命令を争うような、あまり事を荒立てたくない一面を持っている問題については、ADRという裁判外の手続を利用することも考えてみる必要があると思います。

なお、ADRの利用はADRを主催している各弁護士会や司法書士会、社会保険労務士会に連絡すると詳細を教えてくれると思います。

(5)弁護士などの法律専門家に相談する

上記のように、会社側に配転命令を撤回するよう申し入れを行ったり、労働局に対する援助やあっせんの申し立てを行っても解決しない場合には、弁護士などの法律専門家に相談するしかありません。

弁護士であれば示談交渉によって裁判外で解決ができることもありますし、裁判手続きをとるばあいでも通常の民事訴訟のほかに労働審判や調停手続などもありますから、依頼する弁護士と十分に打ち合わせをして解決の方向を探っていく必要があるでしょう。