広告

就業規則が変更されて賃金が減額されたときの対処法

給料を引き下げたり、時間外手当(残業代)の割増率を引き下げたり、会社が労働条件の切り下げを行う場合があります。

この労働条件の切り下げは通常、会社が従業員(労働者)の同意を得て行うことが多いですが、会社が従業員の同意を得ることなく就業規則を変更することによって行う場合も見受けられます。

たとえば、従業員の給料を削減したい会社が、従業員の合意を受けることなく就業規則の賃金の項目を書き換えて、従業員に支給する給料の金額を下げてしまうような場合です。

このような、労働者の同意(合意)を得ることなく、使用者(会社・雇い主)が就業規則の変更によって労働条件の切り下げを行うことは違法にならないのでしょうか?

労働者に無断で就業規則を書き換えられ、それが認められるとなると、会社の都合で自由に労働条件の変更が許されることになり、労働者の側が一方的に不利益を受けてしまう結果となってしまいます。

そこで今回は、就業規則を変更することによる労働条件の切り下げが認められるかという問題について考えてみることにいたしましょう。

なお、労働者の就業規則の変更ではなく労働者の同意の有無による就業規則の変更の有効性については『「給料を下げる」と言われたら?(同意なき労働条件の変更)』のページを、また、同意をするよう強制された場合の対処法については『労働条件の切り下げに同意するよう迫られた時の対処法』のページを参考にしてください。

広告

労働者の合意のない就業規則の変更は”原則として”無効

使用者(会社・雇い主)が労働者(従業員)の合意を得ることなく、無断で就業規則を変更することは、労働契約法の第9条で”原則として”禁じられています(労働契約法第9条)。

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。(労働契約法第9条)
※ちなみに、労働者にとって有利になるような就業規則の変更は、労働者の保護を考える必要がないため、労働者の合意を得なくても有効となります。例えば、就業規則を変更し賃金を減額することは労働者の不利益となるため労働者の同意がない限り原則として無効となりますが、就業規則を変更して賃金を増額する場合は、労働者の利益となるため労働者の合意を得なくても有効となります。

”原則として”というのは、一定要件を満たす場合には、労働者の合意を得ることなく就業規則の内容を労働者に不利益となるように変更した場合であっても、その就業規則の変更が有効になる場合があるからです(この点については後述します)。

労働者の同意がなくても就業規則の不利益変更が有効となる場合

使用者(会社・雇い主)が労働者(従業員)の合意を得ることなく就業規則の内容を変更することにより労働条件を切り下げた場合であっても、次の2つの要件を満たしている場合は、例外としてその就業規則の変更が有効となります(労働契約法第10条)。

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(以下、省略)(労働契約法第10条)

【要件1】就業規則の変更が合理的であること

まず、就業規則の不利益変更が有効と判断されるためには、就業規則の変更の内容が合理的でなければなりません。

そして、就業規則の変更が合理的であるか否かは、次に挙げるア~オの5つの項目を総合的に考慮して判断されます。

ア)労働者の受ける不利益の程度が小さいこと

会社が労働者の同意を得ずに就業規則を労働者の不利益に変更する場合には、その不利益の程度が小さいことが必要となります。

労働者の不利益が大きいような就業規則の不利益犯行の場合には、原則どおり労働者の個別の同意が必要です。

たとえば、一部の労働者のみが大幅な賃金の減額を強いられるような就業規則の変更は、「労働者の受ける不利益の程度」に合理性がないとして就業規則の不利益変更が無効と判断される要素の一つになります。

参考判例:みちのく銀行役職制度変更事件(最高裁平成12年9月7日)

イ)労働条件の変更に高度の必要性があること

 また、労働条件を労働者の不利益に変更するには「高度の必要性」も必要です。

「高度の必要性」とは、例えば少子高齢化の影響で年金支給時期の延長が叫ばれる状況のなかで定年時期の延長が必要となっている場合などが挙げられます。

たとえば、定年を55歳と定めている企業が定年を60歳に変更し、定年期間が伸びた分増えた給料を調整するため55歳以降の給料を減額するというような就業規則の不利益変更は、「高度な必要性」があると判断されて就業規則の不利益変更が認められる要素の一つになる可能性があります。

参考判例:第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日)

ウ)変更後の就業規則の内容に相当性があること

また、会社が労働者の同意を得ずに労働者にとって不利益に就業規則の変更をする場合には、変更後の就業規則の内容に相当性があることも必要となります。

たとえば、就業規則の不利益変更に対して、「代替措置や救済措置がとられていない場合」や、その不利益変更に関連する「他の労働条件が改善されていない場合」、また「同業他社の状況などを考慮してその不利益変更の内容が相当と言えない場合」には、変更後の就業規則の内容が相当ではないとして無効と判断される要素の一つとなります。

参考判例:みちのく銀行役職制度変更事件(最高裁平成12年9月7日)

エ)労働組合または労働者の過半数を代表する者との交渉の状況

また、会社が労働者の同意を得ないで就業規則を不利益に変更する場合には、労働組合または労働者の過半数を代表する者との交渉の状況についても考慮されることになります。

使用者が就業規則を変更する場合は、労働組合(または労働者過半数の代表者)の意見を聴かなければなりません(労働基準法90条、労働契約法11条)。

そのため、使用者が就業規則の不利益変更をする際に労働組合や労働者の過半数代表者との話し合いの場を設けなかった場合は労働基準法違反となりますから、就業規則の変更の手順が相当ではない(合理性がない)として無効と判断される一つの要素となりえます。

また、他の労働組合員や他の従業員がその就業規則の不利益変更に合意しているかという状況も、不利益変更の合理性の判断要素の一つになると考えられます。

参考判例:第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日)

オ)その他の就業規則の変更に係る事情

常時10人以上の労働者を使用する雇い主が就業規則の変更をする場合には、労働基準監督署に変更後の就業規則を届け出なければなりません(労働基準法89条、労働契約法11条)。

そのため、変更後の就業規則を労働基準監督署に届け出ていない場合には労働基準法違反となりますから、就業規則の不利益変更の手順が相当でない(合理性がない)として無効となる要素の一つになると考えられます。

【要件2】変更後の就業規則を労働者に周知させていること

次に、労働者の合意を得ない就業規則の不利益変更が認められるためには、使用者が労働者に対して、変更後の就業規則を労働者に周知させていなければなりません。

なぜなら、労働者にとっては就業規則の変更によって不利益を受けるのですから、当然その不利益の内容がどのようなものであるのか知っておく必要があるためです。

なお、周知の方法は次のいずれかの方法によらなければなりません(労働基準法106条1項、労働基準法施行規則52条の2)。

【周知方法の具体例】
常時各作業場の見やすい場所へ掲示する
・常時各作業場の見やすい場所に備え付ける
・書面で労働者に交付する
・常時各作業場においてPCなどで確認できるようにしておく

このような方法で変更後の就業規則が常時確認できるような状態になっていない場合には、たとえその変更後の就業規則が「合理的」と判断される場合であっても、その就業規則の不利益変更は無効となります(労働契約法10条、労働基準法106条1項、労働基準法施行規則52条の2)。

就業規則が変更されて賃金が減額されたときの対処法

就業規則が変更されて賃金が減額された場合に納得がいかない場合には、遠慮せずに会社に対して賃金の減額に承諾できないことを伝えましょう。

そして、もしも会社側の就業規則の変更手続きに違法なものがある場合には、上記の要件などを説明したり、会社に就業規則の変更による賃金引下の撤回申入書などを郵送して就業規則の変更を撤回するよう要請するのも一つの解決方法として有効です。

就業規則の変更による給料引下げの撤回申入書【ひな型・書式】

なお、自分で交渉しても解決しなかったり、自分で交渉するのに抵抗がある人は、以下の方法などを利用して解決を図ることを考えるしかないでしょう。

(1)弁護士に相談する

会社が就業規則を変更して賃金が引き下げられた場合は、前述した2つの要件にその就業規則の変更された状況を当てはめることにより、その就業規則の変更に違法な部分がないか考えてみましょう。

もし前述した要件に当てはめて、その就業規則の変更に違法な部分がある場合身はその就業規則の変更は無効となりますから、変更される前の就業規則に基づいて変更前の賃金を請求したり、変更前の割増率に従って計算された残業代を会社に対して請求することが可能です。

もっとも、この判断は一般の人にとっては難しいものがありますので、勤め先の会社が就業規則の変更したことにより労働条件が切り下げられるような状況に遭遇した場合は、速やかに弁護士などの法律専門家に相談する方が賢明と言えるでしょう。

(2)労働基準監督署に違法行為の是正申告を行う

前述した「労働者の同意がなくても就業規則の不利益変更が有効となる場合」の「要件1」の「エ」と「オ」で説明したとおり、会社が就業規則を変更する場合には、変更した就業規則とともに、労働組合(労働組合がない会社の場合は労働者の過半数を代表する者)の意見を聴いた意見書を労働基準監督署に届け出なければなりません(労働基準法第89条及び第90条)。

そのため、もし仮に就業規則の変更を行った会社が労働基準監督署に変更した就業規則を提出していなかったり、労働組合(労働組合がない会社の場合は労働者の過半数を代表する者)の意見を聴いていなかったという事実がある場合には、会社は労働基準法違反していることになります。

労働基準法に違反している会社については、労働者は労働基準監督署に会社の違法行為の是正申告を行うことが可能となりますから、労働基準監督署に違法行為の是正を行うことによって労働基準監督署が臨検や調査を行うようであれば、会社が監督署の指示に指示に従って就業規則の変更による賃金の引下げを撤回する可能性もあります。

このように、労働基準監督署に違法行為の是正申告をすることによって間接的に問題が解決することもありますから、会社が就業規則の変更を労働基準監督署に届け出ていなかったり、労働組合や労働者の過半数を代表する者の意見を聴いていないような事実がうかがえるような場合には、労働基準監督署に違法行為の是正申告を行ってみるのも一つの解決方法として有効でしょう。

≫ 就業規則の変更届出違反の労働基準監督署の是正申告書の記載例

(3)労働局に紛争解決援助の申立を行う

全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です。

会社が就業規則を変更することによって賃金を引き下げたことに労働者が不満をもっているという場合にも、労働者と事業主(会社)との間に”紛争”が発生しているということになりますから、その解決のための”助言”や”指導”、”あっせん”の申立を労働局に申し立てることが可能となります。

≫ 就業規則の変更による賃金引下げの労働局の援助申立書の記載例

この労働局の紛争解決援助の申立は、労働者と事業主の間に発生している問題を解決することが目的ですので、仮に会社側の就業規則の変更が手続き上適法なものであった場合でも申し立てることができるのが特徴です。

※前述した労働基準監督署への違法申告は会社の就業規則の変更手続が違法なものであることが必要ですが、労働局の紛争解決援助申立はそのような違法な事実がなくても申し立てることができます。
 また、弁護士に依頼して裁判を行う場合には裁判をしても敗訴してしまうような事案では裁判すること自体あまり意味がありませんが、労働局の紛争解決援助の申立の場合はたとえ裁判になったら敗訴するような案件でも会社側が話し合いに応じるようであれば申立を行って争い事を解決できる可能性がありますから、労働局の援助申立も解決方法の一つとして有効だと思います。

なお、労働局の紛争解決援助の申立は無料で利用することが可能です。もっとも、労働局の援助申立の手続きに強制力はありませんので、仮に会社が労働局への援助申立に応じた場合でも、労働局から出される”助言”や”指導”、”あっせん”の解決案などに会社が応じない場合には、弁護士などを雇って裁判をするほかないかもしれません。

(4)ADR(裁判外紛争解決手続)を利用する

ADRとは、弁護士などの法律専門家が紛争の当事者の間に立って中立的立場で話し合いを促す裁判所の調停のような手続きのことをいい、裁判所以外で紛争を解決することを目的としていることから裁判外紛争処理手続とも呼ばれています。

当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、法律の専門家が間に入ることによって要点の絞られた話し合いが可能となることや、専門家が間に入ることで違法な解決策が提示されることがないといったメリットがあります。

また、裁判所に行くのに抵抗があるような人でも利用しやすいといった精神的メリットや、裁判所の調停よりも少ない費用(調停役になる弁護士などに支払うADR費用、通常は数千円~数万円)で利用できるといった経済的なメリットもあります。

会社が就業規則を変更して賃金を引き下げたという問題もADRを利用して話し合いをもつことで会社側が姿勢を改善し、集合規則の変更を撤回してくれるかもしれませんので、会社側が話し合いに応じる余地があるのであればADRも一つの解決方法として有効でしょう。

なお、ADRの利用方法は主催する最寄りの各弁護士会などに問い合わせれば詳しく教えてくれると思いますので、興味がある人は電話で聞いてみてください。