仕事上のミスで壊した物の弁償費用を給料から天引きされた場合

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割れた美術品

仕事上のミスというものは、誰しも一度は経験したことがあるでしょう。

軽いミスなら笑って済ませるものもあるかもしれませんが、場合によってはお客様の財産などに損害を与え会社が弁償したりする場合もあるかもしれません。

かくいう私も、引越し屋の仕事中に荷物を落としたり、ビルの清掃の現場で大理石の灰皿を落として割ってみたりと様々なシチュエーションで損害を与えまくってきた経歴があります。

ところで、仕事上のミスで勤務先の設備を壊してしまったり顧客や取引先に損害を与えてしまった場合に、勤務先の会社がミスを犯したその当人に弁償費用を請求したり、給料からその弁償費用を差し引いたりすることがあります。

しかし、給料は生活していくうえで必要不可欠なものであり、たとえ自分のミスであっても給料から差し引かれてしまっては、家賃や光熱費、食費といった生活費に不足する事態に陥り大変なことになってしまいます。

そこで、ここでは仕事上のミスで会社に損害を与えてしまった場合に、その損害費用や弁償費用を自分が負担しなければならないのか(会社が払った弁償費用を負担しなければならないのか)、また会社が弁償費用を給料から天引きすることは認められるのかという問題について考えていくことにしましょう。

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軽過失の場合は損害を負担する必要はない

まず、たとえ仕事上のミスであったとしても、それが軽度のミス(経過失)である場合にはその損害費用を負担させられることはありません。

軽過失とは、「通常その仕事をしていれば起こっても仕方が無いようなミス」と言い換えることもできるような、一般的なミスをいいます。

具体的には、ウェイトレスが皿を落として割ってしまったり、コンビニの店員がお釣りの金額を間違えて多く渡したり、工場の作業員が作業手順を間違って工作機械を壊してしまったり、トラックの運転手が運転を誤って事故を起こしてしまうなどのミスが挙げられます。

前述した私がやった昔のミスのように、引っ越しの荷物を落として壊したり、掃除中に灰皿や花瓶を落として割ったというようなものも「軽過失」と考えて問題ないでしょう。

このようなミスが一定程度起こるということは、その仕事の性質上避けられないと判断されますので、たとえ自分の不注意からそのようなミスを犯し損害が発生した場合であっても、労働者である従業員はその損害を会社に弁償する必要はないというのが法律上の一般的な考え方になります。

これは、会社は従業員の労働によって利益を受けているので、その仕事に内在するような通常起こりうる損害についてはその損害を会社が負担すべきであるという考えに基づくものです。

従業員の労働によって利益を受けているくせに、いざ従業員がミスして損害が出たら従業員にその損害を弁償させるというのでは、会社は利益だけ貪ってリスクを全く負わないということになり不平等です。

そのため、その仕事に内在するミス(損害)については会社側がその損害を負担するべきであるということになるのです。

重過失の場合は損害を負担しなければならない可能性もある

前述のように軽度な過失の場合には、その損害は会社側が負担すべきものと考えられますが、どんなミスの場合にもミスを犯した労働者が損害額を負担しなくても良いということにはなりません。

ミスを犯した労働者に重大なミス(重過失)がある場合には、そのミスによって生じた損害を会社に弁償しなければならないと判断されることもあります。

「重過失」と「軽過失」の線引きは難しいので一概には言えませんが、例えば工事現場で重機のオペレーターが上司から「今日は川が増水しているから面倒だけど対岸に渡るときは橋の方から回り込むように」と指示されており現場にいた他の作業員や現場監督などからも「危ないから渡ったらダメだ」と注意を受けているにもかかわらず、「これくらいの水量なら大丈夫」と周りの制止を振り切って重機を川に乗り入れたところ重機が川に水没して故障してしまったというような場合や、会社の内規に従って判断すれば取引先の会社が倒産することが明らかであるにもかかわらず、同僚や上司の助言や指示を無視してその取引先に融資を続けた結果その取引先が倒産し、融資した金額の回収が不可能になったというような案件では、「重過失」と判断されその損害額について会社に弁償しなければならないということもありうるでしょう。

もっとも、裁判になった場合に犯した仕事上のミスが「重過失」と判断されるのは、よほど悪質な事例(たとえば酔っぱらって事故を起こしたとか)に限られ、通常の仕事上のミスはほとんどの場合は「軽過失」と判断されますので、発生した損害を労働者が弁償しなければならないのは極めてまれなケースと考えて問題ないと思います。

ただし、悪質な会社によっては裁判になった場合に「軽過失」と判断されるようなミスであっても、会社(上司)の勝手な解釈で「お前のミスは重過失にあたるから弁償しろ」と主張する場合もあるようです。

しかし、日常生活で使用する一般的な「重過失」「軽過失」と、この仕事上の弁償が必要か否かの「重過失」「軽過失」はその判断基準がまったく異なりますから、「一般的には重過失といえるから自分のミスも重過失だろう」と安易に判断するのは危険ですので注意するようにしてください。

どのようなミスが「重過失」と判断されるか正確なところはケースバイケースで何とも言えませんので個別の案件に応じて弁護士など法律専門家に相談する方が良いでしょう。

給料から損害額を天引きするのは違法

以上のように、仕事上発生したミスが「重過失」と判断される場合には、その損害額について会社に賠償しなければならないということもあり得ます。

しかし、賠償しなければならないからと言って、会社が給料からその損害額を天引きすることは違法です。

なぜなら、給料はその「全額」を「直接」その労働者に支払わなければならないと法律に定められていますし(労働基準法24条)、会社側が労働者に対して持っている債権(この場合はミスによって発生した損害金)と給料との相殺も禁じられているからです(労働基準法17条)。

【労働基準法第17条】

使用者は、前借金その他労働することを条件とする前借の債権と賃金を相殺してはならない。

【労働基準法第24条】

第1項 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(以下、省略)

≫ 給料の支払方法は、法律で事細かに定められているという話

そのため、たとえその仕事上のミスが悪質で「重過失」と判断される場合であっても、会社は給料からその損害額を天引きすることはできません。

たとえば、勤務中に酒を飲み酔っぱらいながら美術館の清掃をしていたところ、酔いが回って飾ってあった時価数万円の壷を落として割ってしまったため勤務先の清掃会社が美術館にその壷の時価相当額を弁償したとします。

この場合、「仕事中に酒を飲んで酔っ払った」ことを理由に「重過失」と判断される可能性が高いため、その労働者は会社が負担した数万円の損害金を会社に賠償しなければならないと思われます。

しかし、たとえこのような場合であっても、会社はその労働者に対し給料を全額支払わなければならず、給料からその損害金を差し引くことはできません。

このような場合、会社はその労働者の給料を全額支払ったうえで、改めてその労働者に「お前のやったことは重大な過失にあたるから落として割った壷の代金○万円を支払いなさい」と請求しなければならないのです。

給料というものは、生活していくうえで不可欠なものというべきものですから、たとえ重大な過失があって弁償しなければならない場合であっても、給料から天引きすることは認められないということですね。

労働者が天引きに同意しても給料からの天引きは違法となる

では、給料から会社が被った損害額を天引きすることに労働者が同意している場合はどうなるでしょうか?

たとえば前述の例で、「壷が割れたのはお前が勤務中に酒を飲んで酔っ払っていたからだろう、給料から壷の代金を天引きするけどいいな?」と会社が質問し「ハイ、僕が酒を飲んだから悪いのです、天引きして構いません」とミスを犯した労働者が天引きに同意したとします。

このような場合には、給料から損害額を天引きすることは認められるでしょうか?

天引きされる側の労働者が給料の天引きに同意していることから、労働者の保護は必要ないとも考えられるので問題となります。

この点、天引きされる側の労働者が同意していることから、会社側が給料から会社が被った損害額を天引きできることも認められてよいようにも考えられます。

しかし、労働者というものは会社から日々の生活費となる給料をもらっているわけですから、労働者としては会社の機嫌を損ねてはまずいと考えて、本当は天引きされるのは嫌だけれども渋々認めてしまうということもあるはずです。

また、会社側は労働者が仕事を失ってしまう不安に付け込んで、「給料からの天引きを認めないと査定に響くよ、リストラの対象になっていいの?」といったふうな言動で労働者を追い込めば、自分のミスで落ち度もあることから多くの人は嫌とは言えないでしょう。

このように、労働者の同意があったとしても、はたしてその同意が本当にその労働者の正直な気持ちの上での同意と言えるかは疑問が残るのが通常です。

そのため、たとえ給料からの天引きに労働者の同意がある場合であっても

「その同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」

でない限り、給料から天引きすることは認められないと考えられています(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日)。

「自由な意思」が必要ですから、会社から強制されたり脅されたりして天引きすることに同意したりしても、その同意は無効となり天引きは認められません。

また、自由な意思で天引きに同意した「合理的な理由」が「客観的に存在」しなければなりませんから、その労働者が天引きに同意した理由が一般的に考えて誰もが納得できるような理由でなければなりませんし、またその理由がはたから見て明らかに認識できるものではならないでしょう。

もっとも、この辺りの判断基準は微妙なところがあり、このサイトで説明するのは難しいものがありますので、もしも会社に「お前が同意したから給料から天引きしたんだ」と言われるような状況に陥っている場合には、弁護士などの法律専門家に個別に相談に行かれた方が良いと思います。

給料から天引きされた場合の対処法

以上のように、たとえ仕事上のミスで会社に損害を与えた場合であっても通常は「軽過失」と判断されるため労働者に弁償しなければならない義務はなく、仮に「重過失」と判断される場合であっても会社が給料から天引きすることは違法と判断されますから、もしも会社に弁償費用を給料から天引きされた場合にはその天引された金額を会社に返還するよう請求することが可能です。

≫ 給料から天引された弁償費用の返還申入書【ひな形・書式】

しかし、多くの会社はこのような法律に精通しているわけではありませんので、法律に違反している認識がないまま給料から損害額を天引きし、労働者側から返還の請求があってもそれに素直に応じることは期待できません。

そのため、会社が天引した弁償費用を返還しない場合には、次のような方法によって会社から天引きされた金額を取り返す必要があります。

① 労働基準監督署に違法行為の是正申告を行う

労働基準監督署では、労働者から労働基準法に違反している会社があることの申告があった場合には、その会社に対して臨検や調査、尋問を行うことができ、刑事罰のある労働基準法違反については警察と同じように逮捕や検察への送検などの職務を行うことが可能です。

【労働基準法第101条】

労働基準監督署は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。(以下省略)

【労働基準法第104条】

 事業場に、この法律又はこの法律に基づいて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督署に申告することができる。(以下省略)

そして、前述したように会社が給料から何がしかのお金を天引きする行為も、給料はその全額を直接労働者に支払わなければならないと規定した労働基準法24条に、また給料との相殺を禁じる労働基準法17条に違反することになりますので、労働者は労働基準監督署に会社が労働基準法に違反していることを申告することが可能となります。

もちろん、労働基準監督署への違法行為の申告は”労働者”であればだれでもできますので、正社員だけでなくアルバイトやパート、契約社員や派遣社員といった非正規従業員であっても可能です。

ちなみに、労働基準監督署への違法行為の是正申告は、単に労働基準監督署に「この会社は法律に違反しています」と”申告”するだけのことに過ぎませんので、申告する際の手数料などは全く必要ありません。

労働基準法に違法行為の是正申告を行うことで会社に臨検や調査が入れば、会社側が態度を改めることが予想されますので給料から天引きしたお金を返してくれることも期待できるでしょう。

全国の労働基準監督署の所在案内|厚生労働省

なお、労働基準監督署への違法行為の是正申告書の記載方法はこちらのページを参考にしてください。

≫ 弁償費用の給料天引に関する労働基準監督署の是正申告書の記載例

② 労働局に紛争解決援助の申立を行う

全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間で紛争が発生した場合には、当事者の一方の申立があれば、その紛争解決のための助言や指導などを行うことが可能です。

≫ 都道府県労働局(労働基準監督署、公共職業安定所)所在地一覧|厚生労働省

そして、労働者が仕事上のミスで発生させた弁償費用を会社が給料から天引きしているという問題も、労働者と事業主の間に”紛争”が発生しているということになりますから、労働者又は事業主の一方から労働局に対して”紛争解決の援助の申立”がなされれば、労働局が事業主に対して「天引きしたお金を労働者に返還しなさい」などと助言や指導を行うことができます。

もちろん、労働局への紛争解決の援助の申立も、前述の労働基準監督署への是正申告と同様に労働者であればだれでも申し立てを行うことが可能ですので、正社員だけでなくアルバイトやパート、契約社員や派遣社員といった非正規従業員であっても利用することができます。

なにより、労働局の紛争解決援助の申立は裁判所の調停と異なり無料で利用することが出来る点も大きなメリットといえるでしょう。

なお、労働局への援助申立は書面を提出して申立を行うのが通常ですが、申立書の記載方法がわからない場合はこちらのページを参考にして申立書を作成してみてください。

≫ 弁償費用の給料天引に関する労働局への援助申立書の記載例

③ 弁護士会・司法書士会・社会保険労務士会が行うADRを利用する

ADRとは裁判外紛争処理手続のことをいい、弁護士などの法律専門家が紛争の当事者の間に立って中立的立場で話し合いを促す裁判所の調停のような手続きになります。

当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、法律の専門家が間に入ることによって要点の絞られた話し合いが可能となることや、専門家が間に入ることで違法な解決策が提示されることがないといったメリットがあります。

会社が弁償費用を給料から天引きしそのお金を返してくれないという問題もADRを利用することによって会社の姿勢が改善される可能性がありますのでADRを利用するメリットはあるといえるでしょう。

なお、ADRは裁判所の調停よりも少ない費用(調停役になる弁護士などに支払うADR費用、通常は数千円~数万円)で利用することができるため、経済的な負担をそれほど感じないというメリットもあります。

なお、ADRの利用方法などは主催する最寄りの各弁護士会などに問い合わせれば詳しく教えてくれると思いますので、興味がある人は電話で聞いてみると良いかもしれません。

≫ 日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:紛争解決センター

≫ 日本司法書士会連合会 | 話し合いによる法律トラブルの解決(ADR)

≫ 職場のトラブル|全国社会保険労務士会連合会

④ 弁護士や社会保険労務士など法律専門家に相談する

労働基準監督署に行っても解決しないような場合は、労働問題に詳しい弁護士や司法書士、社会保険労務士などに相談に行った方がいいでしょう。

社会保険労務士は労働問題の専門家なので問題ありませんが、弁護士や司法書士は全てが労働問題に詳しいわけではありませんので、弁護士会や司法書士会などに電話で問い合わせをして、労働問題に詳しい弁護士や司法書士を教えてもらうのも一つの方法だと思います。

いずれにしても、こういう問題は早め早めに専門家に相談することが解決への近道となりますので、問題が深刻化する前に早めに相談に行くのが良いでしょう。

≫ 弁護士?司法書士?社労士?労働トラブルの最適な相談先とは?

参考サイト(判例リンク)

日新製鋼事件|裁判所・判例検索

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52759


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