セクハラに遭った場合に具体的にどのような対処法をとればよいかといった点については『セクハラに遭った場合の対処法』のページで説明したとおりですのでここでは改めて詳述しませんが、第一義的には勤務先の会社に相談し、それでも解決しない場合には労働局に紛争解決援助の申立を行ったり、弁護士に個別に相談して示談交渉や裁判等で解決を図ることになるのが通常です。
ところで、ここで疑問に思うのは、労働基準監督署に相談すればすぐに解決するのではないか、という点です。
会社において労働トラブルが発生した場合、多くの人は労働基準監督署に相談するのを真っ先に思い浮かべるでしょうから、なぜ労働基準監督署に相談しないのか、と思うかもしれません。
しかし、セクハラなどのハラスメント行為については労働基準監督署はあまり積極的に介入しませんし、介入したくても介入できない理由が存在します。
では、なぜ労働基準監督署はこの「セクハラ」という労働トラブルに積極的に関与してくれないのでしょうか?
労働基準監督署は”労働基準法”に違反する会社を監督する行政機関
一般の人が労働トラブルを労働基準監督署に相談する場合、単に「労働基準監督署に相談する」というだけしか考えていないと思いますが、この「労働基準監督署に相談する」という行為は、法律上は労働基準法の第104条で定められた「違法行為の是正申告」を行っているということを意味します。
なぜなら、労働基準法の第104条1項では、使用者が労働基準法に違反する事実がある場合には労働者はその事実を労働基準監督署に申告することが出来ると規定されていますので、会社が労働基準法に違反する行為を行っている場合には、その会社で働いている労働者は誰でも労働基準監督署にその違法行為を申告することが出来ることになるからです。
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
「労働基準監督署に相談する」という行為は、会社が何らかの法律違反をしていることが前提となっているわけですから、本人が「労働基準法第104条1項に基づく申告」という認識を有していないとしても、その相談の本質はこの「労働基準法第104条1項に基づく申告」を行っているということになるのです
これは逆にいうと、労働基準監督署は「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められない相談についてはその相談を受け付けることが出来ないことを意味します。
労働基準監督署も行政機関の一つに過ぎませんから、民主主義の観点から考えると法律に明文のない行為をすることはできません。仮に法律の付託がないにもかかわらずその権限を行使してしまうと、「行政」が「立法」の権限を犯してしまうことになり、「立法」「行政」「司法」という三権分立の建前が崩れてしまうことになるからです。
労働基準監督署が行政機関の一つである以上、労働基準監督署は法律で与えられた権限の範囲内の権力しか行使することが出来ませんから、労働基準監督署の権限が規定されている労働基準法の範囲内でしか監督権限を行使することはできないことになります。
したがって、労働基準監督署は「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められない相談が労働者から寄せられたとしても、その相談に応じることはできず、「相談」に応じられる労働トラブルの内容は「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められる相談に限られるということになります。
セクハラは労働基準法違反ではない
意外に思う人も多いかもしれませんが、「セクハラ」は労働基準法で明確に禁止されているわけではありませんし、そもそも「セクハラ」を禁止する法律は日本には存在しません(※労働基準法を読んでもらえばわかりますがセクハラの規定はどこにも定められていないのです)。
勿論、行われたセクハラ行為が「強制わいせつ罪」や「軽犯罪法違反」「都道府県の迷惑防止条例違反」などに該当する場合には、その刑法や軽犯罪法、迷惑防止条例に違反することになりますから、そのような行為については法律上明確に禁止されているということができます。
しかし、行われたセクハラ行為が「強制わいせつ罪」や「軽犯罪法違反」「都道府県の迷惑防止条例違反」などに該当しない場合には、その行われたセクハラ行為はどの法律にも抵触しないことになりますから、そのセクハラ行為自体を理由として罰せられることもないのです。
もっとも、セクハラ行為を行った場合にはそのセクハラ行為を受けた被害者の労働者の人格権が侵害されることになるわけですから、セクハラ行為を行うことは不法行為(民法第709条)を構成し、慰謝料等の損害賠償請求の対象となる余地はあります。
しかしそれはあくまでも民法という一般規定を用いて損害賠償の対象となるだけの話に過ぎないのであって「セクハラそのもの」を禁止する法律があるわけではないのです。
男女雇用機会均等法第11条1項で問題となるのはセクハラの「加害者本人」ではなく「会社」
前述したように、職場で行われる「セクハラ」は民法上の不法行為として損害賠償請求の対象となるためその意味では法律上制限がかけられているといえますが、その「セクハラ行為自体」を禁止する法律は存在していません。
では「セクハラ」そのものは法律上何も問題にならないかというとそういうわけでもありません。
男女雇用機会均等法の第11条1項では「性的な言動」に基づく問題が発生した場合に事業主がとるべき措置が明確に規定されていますので、その意味ではセクハラは男女雇用機会均等法という法律に抵触することになります(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第11条1項(※いわゆる男女雇用機会均等法))。
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
しかし、この男女雇用機会均等法の第11条はセクハラが発生した場合(又は発生しないよう)にその職場の事業主に一定の措置を取ることを義務付ける規定であって、セクハラ行為そのものを禁止する規定ではありませんから、セクハラ行為そのものは男女雇用機会均等法でも禁止されているわけではないということになります。
勿論、職場でセクハラが発生した場合には、この男女雇用機会均等法の第11条1項に基づいて勤務先の会社に対して「セクハラを止めさせるよう必要な措置を取れ!」と要求することが出来ますし、仮にそれに会社が応じない場合にはその会社は法律の規定に違反してセクハラを放置することによりその被害労働者の権利を侵害していることになりますから、会社に対して義務違反に基づく債務不履行等の損害賠償請求を求めたり慰謝料等の請求を行うことは可能です。
しかし、この男女雇用機会均等法はあくまでもセクハラが発生した職場の事業主の義務を規定した法律に過ぎませんので、この男女雇用機会均等法の規定を根拠としてセクハラの加害者本人に何らかの行為を要求したりセクハラ行為を止めさせることはできないということになります。
セクハラに労働基準監督署が積極的に介入しない理由
以上のように、「セクハラ」はそもそも労働基準法で禁止されている行為ではありませんので、基本的に「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められるような「労働基準法に違反する事実」についてのみ監督権限を有する労働基準監督署に対してその監督権限の範囲に該当しない「セクハラ」という行為に関するを相談したとしても、労働基準監督署はその相談を「労働基準法第104条1項に基づく申告」として受理することはできませんから、積極的に対応しない(したくてもできない)ものと思われます。
また、前述したようにセクハラは男女雇用機会均等法の第11条1項に規定されていますので会社がセクハラに何らの対応措置もとらない場合にはその会社は男女雇用機会均等法違反ということになりますが、この場合も労働基準法に違反しているわけではありませんので労働基準監督署に相談しても「労働基準法第104条1項に基づく申告」として受理してもらうことができず積極的な対応を取ってもらえないということになります。
ではセクハラに直面している場合にはどうすれば良い?
そうは言っても「セクハラ」というトラブルに見舞われている人は実際にいるわけですので、そのような人はどうすれば良いかという点が問題になりますが、それはこのページの冒頭で説明したとおり、まずは勤務先の会社にそのセクハラを相談し(※この場合は前述した男女雇用機会均等法第11条1項の規定によって会社に相談に応じる義務と適切な措置をとる義務が発生します)、それでも解決しない場合には労働局に紛争解決援助の申立を行ったり、弁護士に個別に相談して示談交渉や裁判等で解決を図るしかないと思われます(※この点については『セクハラに遭った場合の対処法』のページで解説していますのでそちらを参考にしてください)。