勤めている会社から突然
「来月から給料を10,000円さげるから…」
と言われたら、皆さんはどうしますか?
「そんなの困ります!」と言いたいのを我慢して渋々受け入れるか、不満を内にため込んで「いつか辞めてやるっ!」と歯ぎしりして耐え忍ぶ人が多いのではないでしょうか?
しかし、このように会社の一方的な取り決めで、給料が減らされたりすることが認められるものなのでしょうか?
従業員の同意がなく労働条件が切り下げられてしまっては、安心して将来設計をすることも難しくなり、労働者の生活に支障をきたしてしまうことも考えられるでしょう。
そこで今回は、使用者(会社・雇い主)が労働者の同意なく給料の引き下げなど労働条件の切り下げをすることに違法性はないのか、という問題について考えてみることにいたしましょう。
労働者の同意のない労働条件の切り下げは無効
使用者(会社・雇い主)が、労働者(従業員)の同意を得ずに一方的に労働条件を切り下げることは違法ですので無効となります。
なぜなら、「給料の金額をいくらにするか」といった”労働条件”は、労働者と使用者(会社・雇い主)の合意がなされなければ変更することができないからです(労働契約法第8条)。
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
たとえば、前述したように会社から一方的に「来月から給料を10,000円下げるぞ!」と言われたとしても、その給料の引下げに従業員が同意していない限り、従業員は会社に対して従来支給されていた給料全額の支払いを求めることができます。
労働契約(労働条件)は使用者と労働者が対等の立場で変更すべきものであって会社側が一方的にその労働契約の内容となっている労働条件を変更することはできませんから、これに反して使用者が一方的に労働条件を切り下げることは違法であり、たとえ一方的に変更したとしてもその変更は無効となりますから、従来通りの労働条件に従った賃金の支払いを求めることができるのです。
労働者の同意があれば”基本的に”有効となる
一方、会社側の一方的な労働条件の切り下げも、労働者が同意した場合には、基本的に有効となります。
例えば、前述のように会社から「給料を10,000円切り下げるぞ!」と言われた際に、「はい、10,000円切り下げて構いません」と返答した場合には、基本的に給料の切り下げは違法となりません。
前述したとおり、労働条件(労働契約・雇用契約)は使用者(会社・雇い主)と労働者(従業員)の合意によって変更することができますから、両者が賃金の引下げに合意したのであればそれを無効にする理由がないためです。
「基本的に」というのは、以下の場合のように、賃金の引下げに合理性が無かったり、会社側の説明不足や法令・就業規則に違反する場合には、たとえ労働者の合意がある場合であっても、その労働条件の変更そのものが無効となる場合があるからです。
労働者の同意があっても労働条件の切り下げが無効となる場合
前述したように、使用者(会社・雇い主)の一方的な労働条件の切り下げについて、その労働条件の切り下げの対象となっている個別の労働者の合意(同意)がある場合には基本的にその労働条件の切り下げは有効と判断されますが、労働者の合意(同意)がある場合であっても次のような場合には、その労働条件の切り下げは無効となります。
① 労働条件の切り下げの内容が合理的でない場合
労働者の合意がある場合であっても、変更される労働条件の内容が合理的でない場合は、その労働条件の引下げは無効となります(労働契約法1条)。
この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。
例えば「来月から給料はUSドルで支払う」という場合には、円高になれば実質的な賃金が引き下げられることになりますし、ドルから円への両替手数料分も負担しなければならないため労働条件の切り下げとなりますが、たとえこの変更に承諾していた場合であっても給料の支払いをアメリカドルで支払わなければならないことに合理性はありませんから、この「給料をUSドルで支払う」という合意は無効となり、労働条件の切り下げも無効とされるでしょう。
② 変更の合意が対等の立場でなされていない場合
労働者の合意がある労働条件の変更も、その合意が使用者と労働者が対等な立場でなされたものでない場合には無効となります(労働契約法3条1項)。
労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
たとえば、給料の計算方法を変更することにより賃金の切り下げを行うに際して、労働者が給料の計算方法を理解しないまま賃金の切り下げに合意しても、その合意は無効となります。
なぜなら、使用者は給料の計算方法を理解しているにもかかわらず、労働者が給料の計算方法を理解していないならば「対等な立場」で合意したということにはならないからです。
使用者(会社・雇い主)は労働者(従業員)に対して労働条件や労働契約の内容について理解できるよう努めなければなりませんので(労働契約法4条1項)、それを怠って労働者の合意を取り付けても、その合意に基づく労働条件の変更は無効となります。
使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。
③ 変更の内容が法令に違反する場合
当然ながら、使用者と労働者の間で結ばれる労働契約(労働条件)は、労働基準法など所定の法律に違反するものであってはなりません。
そのため、たとえば法律で定められた最低賃金や割増賃金の割増率(残業や休日出勤の割増率)を下回るような賃金の切り下げに労働者が同意したとしても、その合意は無効となります。
④ 変更の内容が就業規則に違反する場合
労働条件の切り下げにつき労働者の合意があったとしても、その切り下げの内容が会社が定める就業規則に反する場合はその労働条件の切り下げは無効となります。
法律にも、就業規則で定めた基準に達しない労働条件は無効となり、無効となる部分については就業規則で定める基準となると定められています(労働契約法12条)。
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
そのため、たとえば就業規則に時給1,000円と記載されているのに、「来月から時給900円にするぞ」と言われて合意したとしても、「時給900円」は就業規則に書かれている「時給1,000円」という基準に達しないため、その時給の切り下げは無効となり、就業規則に書かれている1,000円を請求できることになります。
⑤ 変更の内容が労働協約に違反する場合
また、労働条件の切り下げにつき労働者の合意があったとしても、その切り下げが労働協約に違反する場合にも、その労働条件の切り下げは無効となります。
労働協約とは労働組合と会社が定める労働条件などの取り決めのことで、労働協約で定めた基準に達しない労働条件は無効となり、無効となる部分については労働協約で定める基準となります(労働組合法16条)。
労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。
そのため、たとえば労働協約で月給20万円と定められているのに、「来月から月給19万円にするぞ」と言われて同意したとしても、労働協約に定められている「月給20万円」という基準に達しないため、会社に対して労働協約に規定されている「20万円」を会社に対して請求できることになります。
納得できない労働条件の切り下げには絶対に同意してはいけません
前述したとおり、労働条件の切り下げは、労働者の同意がない限り無効となります。
したがって、たとえ会社側から「給料を下げるぞ」と言われても、それに納得できない場合は絶対に「はい、構いません」などと同意してはいけません。
仮に同意したとしても、前述したように法令や就業規則などに違反する場合にはその同意も無効となりますが、色々と面倒な事態になりますので同意してはならないのです。
同意する場合でも、十分に会社(雇い主)から内容を聴いて理解するようにすることが大切です。
なお、使用者が就業規則を変更することにより労働条件を切り下げた場合の対処方法などはこちらのページを参考にしてください。
また、「同意しないとクビにするぞ」などと会社から労働条件の切り下げに同意するよう迫られた場合の対処方法などについてはこちらのページでレポートしていますので、気になる方は一読をお勧めします。
一方的に給料を引き下げられた場合は?
以上のように、労働者の同意がない賃金の引下げは基本的に無効と考えられますが、会社側が一方的に給料を引き下げてきた場合には、労働者の方も何らかの方策をとらなければなりません。
給料を一方的に引き下げられた場合の対処法としては、以下のような方法が代表的なものとして挙げられます。
① 会社に対して賃金の一方的な引き下げに対する異議の通知書を送付する
会社が一方的に賃金を引き下げたにもかかわらず、何もしないでそのまま引き下げられた賃金を受け取っていると、賃金の引下げに暗黙の裡に同意した(黙示の承認を行った)と受け取られかねませんので、一方的な賃金の引下げに納得いかない場合は明確に「賃金の引下げには同意しません」と異議を出す必要があります。
賃金の引下げに対する異議の意思表示は口頭で行っても構いませんが、あとで言った言わないの話になると面倒ですので、話し合いで解決しない場合には最終的に書面を作成し「賃金引き下げの撤回を求める申入書」などの表題で会社に提出しておく方が無難です。
▶ 一方的な給料の引下げの撤回を求める申入書【ひな型・書式】
なお、異議の通知書(賃金の引下げの撤回を求める申し入れ書)は適宜な文章を作って送付しておけば問題ありませんが、異議を出す場合は、後日裁判になった場合に証拠として提出できるよう、内容証明郵便で送付しておく方が良いでしょう。
② 労働局に紛争解決援助の申立を行う
話し合いで解決しない場合には、労働局に紛争解決の援助の申立を行うのも解決方法の一つとして有効です。
各都道府県に設置された労働局では、労働者と事業主の間に生じた労働トラブルについて必要に応じて助言や指導を行っており(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条)、会社が一方的に賃金を引き下げたというトラブルも「労働者と事業主の間に紛争が生じている」ということが言えますから、労働者と事業主のどちらか一方が労働局に援助の申立を行えば、労働局から紛争解決の助言を受けたり、違法な行為を行っている事業主に対して行政指導を行ってもらうことが可能です。
▶ 一方的な給料の引き下げに関する労働局への援助申立書の記載例
③ ADR(裁判外紛争解決手続)を利用する
ADRとは「Alternative Dispute Resolution」の略省で、弁護士など法律の専門家が紛争の当事者の間に立ち、中立的な立場で両者の話し合いを促す調停のような手続のことをいいます。
当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、弁護士などの専門家が間に入ることにより違法な解決策が提示される心配がないといったところが大きな利点で、裁判とは異なるため裁判費用や弁護士に依頼する弁護士報酬なども発生しないことから費用的に安価な費用で問題解決が図れるのも大きなメリットといえます(ADRの費用は数千円~数万円程度が多い)。
なお、ADRの利用はADRを主催している各弁護士会や司法書士会、社会保険労務士会に連絡すると詳細を教えてくれると思います。
弁護士会…日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:紛争解決センター
司法書士会…日本司法書士会連合会 | 話し合いによる法律トラブルの解決(ADR)
④ 弁護士などの法律専門家に相談する
賃金の一方的な引き下げの撤回を求めたり、労働局に対する援助の申し立てを行っても解決しない場合には、弁護士などの法律専門家に相談するしかありません(もちろん自分で裁判を起こしても構いませんが…)。
弁護士であれば示談交渉によって裁判外で解決ができることもありますし、通常の民事訴訟のほかに労働審判や調停手続などを利用することも可能ですから、早めに弁護士などに相談しておくと迅速な解決が望めるかもしれません。