面接を受けた企業から内定や内々定を受けた後に結婚することになったり妊娠してしまった場合、その内定や内々定は影響を受けてしまうのでしょうか。
企業によっては面接の時には判断できなかった入社直前の結婚や妊娠を理由として、内定や内々定を取消す場合もあるのではないかと思われます。
しかし、結婚や妊娠は犯罪ではありませんし、結婚は無論のこと、たとえ妊娠が判明した場合であっても出産前後の数か月間だけ産休や育休を与えてもらえれば他の新入社員と同様に働くことができるはずですから、結婚や妊娠したことを理由に内定や内々定を取消すことは不当な行為であるとも思えます。
そこで今回は、内定や内々定を受けた後に結婚や妊娠したことを理由として内定先の企業から内定取り消しを受けてしまった場合、その内定取り消しは違法ではないのか、また結婚や妊娠したことを理由に内定や内々定を取消された場合の具体的な対処法について考えてみることにいたしましょう。
内定や内々定の取り消しは法律的には「解雇」と同じ
内定や内々定が法律的にどのような意味を持つのかという点には争いがありますが、最高裁判所の判例では法律的に内定は「入社予定日を就労開始日とする解約権留保付きの労働契約(雇用契約)」であると考えられています(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)。
”解雇権留保付きの労働契約”とは、簡単に言うと「入社予定日までの間に何らかの内定取消事由が発生した場合には会社側が一方的に解雇する権利が留保されている契約」というような労働契約のことをいいます。
もっとも、内定や内々定が「解雇権留保付き」であるとしても、内定取消事由が発生したからといってすべての内定や内々定の取り消しが有効になるわけではありません。
内定や内々定は「解雇権留保付き」という制限はあるにしても「入社予定日を就労開始日」とする「労働契約」が有効に成立していることになりますから(内定や内々定によって内定者と企業の間に労働契約は成立しているけれども単に仕事を始める日が入社予定日になっているだけという話)、内定や内々定の取消も「労働契約の解除」であることに変わりありません。
したがって、内定や内々定の取消も一般的な労働者の「解雇」と同様に考えることができますから、たとえ内定取消事由が発生したとしても、その内定取消事由が「採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実」であって、その内定取消事由となった理由(事実)が「客観的に合理的と認められ、社会通念上相当」と認められるものでない限り、その内定取消は無効と判断されることになります(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)。
結婚や妊娠を理由に内定(内々定)を取消すことは「客観的合理的な理由」があり「社会通念上相当」であるとはいえない
前述したように、最高裁判所の販連の考え方に従えば、内定や内々定の取り消しはその内定取消事由が「採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実」であって、その内定取消事由となった理由(事実)が「客観的に合理的と認められ、社会通念上相当」と認められるものでない限り、解雇権を濫用したものとして無効と判断されます(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)。
このように会社が一方的に内定や内々定を取消す場合には、その内定取り消しの原因となった内定取消事由について『採用内定当時知ることができず、かつ知ることが期待できない事実であること』と『客観的合理的理由があり社会通念上相当であること』の2つの要件が必要ということになります。
この点、「結婚や妊娠をした」という理由は面接の際に求職者側から「もうすぐ結婚(妊娠)します)」とでも言ってもらわない限りそれを知ることはできませんから、常識的には『採用内定当時知ることができず、かつ知ることが期待できない事実であること』に該当するものと考えられます。
しかし、「結婚や妊娠をした」という事実がたとえ「採用内定当時知ることができず、かつ知ることが期待できない事実」であったとしても、その事実を理由として内定や内々定を取消すことに「客観的合理的な理由」「社会通念上の相当性」があったといえるかというとそうではないでしょう。
なぜなら、厚生労働省の見解によれば内定取消の事由について「客観的合理的理由があり社会通念上相当」といえるためには、内定を出した後に学生が学校を卒業できなかった(留年した)とか、犯罪を犯して逮捕されたとかいう場合などに限られているようですし(厚生労働省労働基準局監督課編「採用から解雇、退職まで(改訂8版)」)、それ以外にも健康診断で異常が発見された場合など業務に耐えられないような重大な事由が発生した場合に限られると考えられていますから(日本労働弁護団著:労働相談実践マニュアル Ver.5 第27頁参照)、単に「結婚や妊娠(出産)したこと」だけを理由に内定や内々定を取消すことは「客観的合理的な理由」や「社会通念上の相当性」が認められるとは考えられないからです。
(※出産の前後は産休や育休が必要になり業務ができなくなるから妊娠(出産)することが「業務に耐えられないような重大な事由」に該当するのではないかという疑問が生じるかもしれませんが、仮に出産の前後で業務に従事することができないとしても出産し育児が落ち着いて本人が望むのであれば業務に従事することはできるのであって業務に耐えられないのは一時的なものに過ぎませんから、実質的な解雇と同じ効果のある内定や内々定の取り消しという労働者にとって極めて大きな影響のある処分を出すことを正当化することはできないでしょう)
したがって、結婚や妊娠・出産したことを理由に内定や内々定を取消された場合には、その内定や内々定の取り消しは。最高裁判所の判例の見解に違反する違法な行為となり、解雇権の濫用と認定されて無効になるものと考えられます。
なお、採用内定の取り消しの判断基準については『採用内定を会社が勝手に取り消すことはできるのか?』のページでも詳細に解説していますので参考にしてください。
結婚や妊娠・出産したことを理由とする内定や内々定の取り消しは男女雇用機会均等法に違反する
また、会社が結婚や妊娠・出産したことを理由に内定や内々定を取消すことは男女雇用機会均等法にも違反することになるため問題です。
男女雇用機会均等法(※正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」)では、事業主が結婚や妊娠・出産したことを理由として労働者を解雇することが明確に禁止されていますので(男女雇用機会均等法第9条第2項及び第4項)、内定や内々定が「解約権留保付」という制限があったとしても労働契約であることに代わりありませんから、これに反する取り扱いはすべきでありません。
また、男女雇用機会均等法の第5条では労働者の募集及び採用についてその性別にかかわらず均等な機会を与えることが義務付けられており(男女雇用機会均等法第5条)、厚生労働省の指針(労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針第2-2-(2))によれば、その「均等な機会」には労働者の募集又は採用にあたって「女性についてのみ未婚者であること」を条件としたり(同指針の第2‐2-(2)-ロ)、結婚の予定の有無について女性のみに質問すること(同ハ④)などが含まれると解釈されていますから、女性労働者が結婚したことを理由に内定を取り消すことはこのような男女雇用機会均等法の趣旨に違反する違法なものと考えるべきでしょう。
加えて、男女雇用機会均等法の目的は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇を図る」のとともに「女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る」ことにあり(男女雇用機会均等法第1条)、また女性労働者が「母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことが出来るようにすること」をその理念としていますから(男女雇用機会均等法第2条第1項)、内定や内々定という制限のある労働契約であっても、男女雇用機会均等法の趣旨に反するような取り扱いはすべきではないと考えるべきです。
そう考えると、”結婚”したことを理由に内定や内々定を取消す行為は、『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇を図る』という趣旨に反する結果となるのは明白でしょう。
また、”妊娠”したことを理由に内定や内々定を取消す行為について考えると、「女性の健康を考えて内定を取り消したんだ」と会社側が主張するような場合には一見すると『女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る』という趣旨に合致しているようには見えますが、「妊娠はしたけれども出産したら働きたい」と思って入社を心待ちにしている内定者の心情を考えれば、内定や内々定の取り消しは内定者の女性から「充実した職業生活を営む」という貴重な機会を奪い去ることになりますから『母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことが出来るようにすること』という男女雇用機会均等法の趣旨に反する結果となるのは明らかです。
このように、女性労働者が結婚や妊娠したとしても充実した社会生活ができることを基本理念とした均等法の趣旨は尊重すべきであるといえますので、結婚や妊娠(出産)したことを理由とした内定や内々定の取り消しは、男女雇用機会均等法に反し無効なものと考えるべきでしょう。
結婚や妊娠したことを理由に内定や内々定を取消された場合の具体的な対処法
上記のように、結婚や妊娠したことを理由に内定や内々定を取消された場合には、最高裁判所の判例に沿って考えればその取消は解雇権の濫用であり違法(無効)と判断される可能性が高いと思われますし、そうでなくても男女雇用機会均等法の趣旨に反することから違法(無効)と考える余地もありますので、そのような不当な理由で内定や内々定を取消された場合には、その違法性(解雇権の濫用であること)を会社側に主張して内定や内々定の取り消しの撤回を求めていく必要があります。
なお、この場合の具体的な対処法についてはこちらのページで解説していますので参考にしてください。