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内定辞退を理由に損害賠償請求された場合の対処法

法律では、「退職の自由(民法627条1項)」と「強制労働の禁止(労働基準法の第5条)」が明確に規定されていますので、求職者が一方的に内定を辞退したとしても企業側はこれを無視して就労を強制させることはできません(民法627条1項、労働基準法第5条)。

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。(民法627条1項)
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。(労働基準法5条)

しかし、悪質なブラック企業では、内定を辞退した場合は損害賠償請求を行う予定があることを告知して内定の辞退の撤回を迫ったり、内定辞退による入社前研修の不参加によって損害が発生したなどと主張して損害賠償請求を行ったりする事例が多く見受けられるようです。

そこで今回は、内定を辞退した企業から内定を辞退したことを理由とする損害賠償請求がなされた場合の具体的な対処法などについて考えてみることにいたしましょう。

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内定辞退を理由とした損害賠償請求は違法(無効)

前述したように、悪質なブラック企業では内定を辞退したことを理由に損害賠償請求を行う場合がありますが、そのような損害賠償請求は以下の理由により違法もしくは法律上の根拠のない無効なものであると考えられます。

(1)退職の自由・強制労働の禁止の規定に違反する

そもそも内定を辞退したことを原因として内定先企業に損害が発生するかという点にも疑問がありますが、仮に内定者が内定を辞退したことによって損害が発生したとしても内定辞退者がその損害を賠償する必要はありません。

法律では、退職の自由(民法627条1項)や強制労働の禁止(労働基準法第5条)が明確に規定されていますので、これらの規定に違反する契約や請求は違法となり無効と判断されることになります。

この点、仮に内定辞退によって発生した損害を内定辞退者が賠償しなければならないしてしまうと、その内定辞退者が損害賠償されることを恐れて内定の辞退を撤回するかもしれませんし、損害賠償請求されることを懸念して自分の意思に反して嫌々ながら働き始めるかもしれませんから、退職の自由を規定した民法627条1項や強制労働の禁止を規定した労働基準法第5条に違反する結果となってしまいます。

したがって、内定の辞退を理由とした損害賠償請求は間接的に退職の自由(民法627条1項)や強制労働の禁止(労働基準法第5条)の規定を制限することにつながりますから、内定の辞退を理由とした損害賠償請求はこれらの規定に違反するものとして違法になると考えられます。

(2)違約金・損害賠償の予定の禁止の規定に違反する

また、内定の辞退を理由とする損害賠償の請求は、違約金や損害賠償額を予定する契約をすることを禁止した労働基準法第16条に違反することになる場合がありますので、その意味でも違法(無効)であるといえます。

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。(労働基準法第16条)

ブラック企業などでは、内定を辞退された場合を想定して内定通知書にあらかじめ「内定を辞退場合には金○万円の損害を賠償しなければならない」なとどに記載しておいたり、内定者から「内定を辞退した場合には損害賠償として金〇万円を支払います」などと記載された誓約書を差し入れさせたりする事例がありますが、このような行為は「損害賠償を予定する契約」として明らかに労働基準法第16条に違反します。

そのため仮にこのような損害賠償の予定があることを根拠とした損害賠償の請求がなされたとしても、そのような請求は労働基準法第16条に違反する違法(無効)な請求であると判断されるのです。

(3)入社前研修その他の損害を賠償する義務はない

「内定」が法律上どのような契約にあたるのかについては争いがありますが、過去の判例では「入社予定日を就労開始日とする解約権留保付きの労働契約(雇用契約)」であると考えられています(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)。

この定義によれば、内定が出されることによって内定者と企業との間に労働契約(雇用契約)が発生することになりますが、その「雇用関係」はあくまでも「入社予定日を就労開始日」とするものに過ぎませんので、「入社予定日(※新卒の場合は4月1日など)」が到来するまでの期間については、内定者は内定先の企業との間に雇用関係は生じるものの内定先企業に対して「就労」する義務は負わないということになります。

この点、「就労」とは労働者が使用者(会社・雇い主)の「指揮命令下」に置かれることと言い換えることが出来ますから、入社予定日が到来するまでの期間は企業側が内定者に対して「指揮命令」する労働契約上の権利を有していないということになります。

入社予定日が到来するまでの期間は企業が内定者に「指揮命令」する権利がないのですから、企業が内定者研修(入社前研修)を行う場合であってもその出席を義務付ける(強制させる)労働契約上の根拠もないことになり、当然その入社前研修(内定者研修)に出席するか否かは内定者の任意(自由)となります。

入社前研修(内定者研修)への出席が内定者の任意(自由)である以上、仮にその研修を欠席したことによって企業側に損害が発生したとしても、内定者側にその損害を賠償しなければならない義務は生じませんから、企業側が内定辞退者に対してその損害の賠償を求めたとしても内定辞退者は一切賠償する必要はないということになります。

内定を辞退したことを理由に損害賠償請求された場合の対処法

以上のように、仮に内定を辞退したことによって内定先の企業に損害が発生した場合であっても内定辞退者にその損害を賠償しなければならない義務はありません。

しかし、悪質なブラック企業ではそのようなことはお構いなしに内定辞退者に対して損害賠償の請求を行ってくる場合がありますのでその対処法もあらかじめ考えておく必要があります。

(1)通知書を送付する

内定を辞退した企業から損害が発生したとして損害賠償請求がされている場合には、その損害賠償請求に応じる義務がないことを説明した”通知書”を作成し使用者に送付してみるのも一つの方法として有効と考えられます。

口頭で「損害を賠償しなければならない義務はない!」と説明して埒が明かない場合であっても、文書(書面)という形で改めて正式に通知すれば、企業の側としても「なんか面倒なことになりそう」と考えて損害賠償請求を撤回することもあり得ますし、内容証明郵便で送付すれば「裁判を起こされるんじゃないだろうか」というプレッシャーを与えることが出来ますので、改めて通知書という形の文書で通知することも一定の効果があると思われます。

なお、この場合に企業に送付する通知書の記載例はこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

▶ 内定辞退を理由とした損害賠償請求を拒否する通知書

▶ 内定辞退の損害賠償の誓約書を理由とした請求を拒否する通知書

(2)労働基準監督署に違法行為の是正申告を行う

使用者(会社※個人事業主も含む)が労働基準法に違反している場合には、労働者は労働基準監督署に対して違法行為の是正申告を行うことが可能で(労働基準法第104条第1項)、その場合、労働基準監督署は必要に応じて臨検や調査を行うことになるのが通常です(労働基準法101条ないし104条の2)。

事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。(労働基準法第104条第1項)

この点、内定を辞退した企業から何らかの理由を付けられて損害賠償の請求を受けている場合には「損害を賠償しないといけないなら内定辞退は撤回しよう」と考えることになり得ますから、企業の側は間接的に内定辞退者の意思に反して就労を強制していることになり、労働基準法で規定された強制労働の禁止(労働基準法第5条)の規定に違反するものとして労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことも可能となります。

なお、この場合に労働基準監督署に提出する違法行為の是正申告書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

▶ 内定辞退を理由に損害賠償請求された場合の労基署の申告書

※内定者(内定辞退者)は労働基準法第104条1項にいう「労働者」か?
なお、労働基準法の第104条1項が「労働者は…申告することが出来る」と規定されているため、内定者(内定辞退者)が”労働者”として労働基準法第104条1項に基づく違法行為の是正申告を行うことができるのか、という点が問題となりますが、前述したように内定は「入社予定日を就労開始日とする解約権留保付きの労働契約(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)」であって「入社予定日を就労開始日」とする制限はあるにしても内定によって内定先企業との間に労働契約(雇用契約)は有効に発生していますから、内定者(内定辞退者)も労働基準法第104条1項にいう「労働者」に該当し、同条項に基づく是正申告を行うことが出来るものと考えられます。

(3)労働局に紛争解決の援助の申立を行う

全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。

都道府県労働局長は(省略)個別労働関係紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条1項)

この点、内定を辞退した企業から何らかの理由を付けられて損害賠償の請求を受けている場合についても、「内定辞退によって発生した損害を賠償する義務はない」と主張する内定辞退者と「内定辞退によって生じた損害を賠償しろ」と主張する内定先企業との間に”紛争”が発生しているということになりますので、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能になると考えられます。

労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、事業主側が労働局の指導等に従うようであれば、会社側がそれまでの態度を改めて損害賠償の請求を撤回する可能性もあるでしょう。

なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

▶ 内定辞退を理由に損害賠償請求された場合の労働局の申立書

※内定者(内定辞退者)は個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の「労働者」か?
なお、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律は「事業主」と「労働者」の間に発生した紛争を解決する法律になるため、内定者(内定辞退者)が同法にいう”労働者”として紛争解決援助の申立を行うことができるかという点が問題となりますが、前述したように内定は「入社予定日を就労開始日とする解約権留保付きの労働契約(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)」であって「入社予定日を就労開始日」とする制限はあるにせよ内定によって内定先企業との間に労働契約(雇用契約)は有効に発生していますので、内定者(内定辞退者)も個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律で規定される「労働者」に該当し、同条項に基づく紛争解決援助の申立を行うことが出来るものと考えられます。

(4)弁護士などに依頼し裁判や調停を行う

上記のような手段を用いても解決しなかったり、最初から裁判所の手続きを利用したいと思うような場合には弁護士に依頼して裁判を提起したり調停を申し立てるしかないでしょう。

弁護士に依頼するとそれなりの費用が必要ですが、法律の素人が中途半端な知識で交渉しても自分が不利になるだけの場合も有りますので、早めに弁護士に相談することも事案によっては必要になるかと思われます。