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入社前研修(内定者研修)を断ることはできるか?

就職活動が終了し内定が出されると、企業によっては4月の入社までに内定者に対して「入社前研修(新人研修)」を行う場合があります。

これは、4月の入社と同時に即戦力として就労させることを目的としているものと思われますが、大学生なら卒業までの間に卒論を仕上げたり、大学院生なら修士課程の論文を作成したりと忙しいこの時期に、入社予定の会社が行う研修に参加するのは意外と負担になるものです。

多くの学生は、このような入社前研修への出席は極力避けたいと思うでしょうが、多くの会社ではあからさまな文言は使わないまでも遠まわしに研修への出席を強制することが多いのが現状です。

しかし、入社予定日が到来してしていないにもかかわらず、企業側が強制的に内定者に対して研修への参加を求めることができるのでしょうか?

多くの入社前研修が、ほぼ強制的な形で内定者の出席を促していることから、そこに法的な問題が発生しないのかが問題となります。

そこで、ここでは入社式の前に行われる入社前研修の問題について考えてみることにいたしましょう。

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「内定」とは?

入社前研修(内定者研修)への参加を義務付ける行為の有効性を考える前提として、そもそも「内定」というものの法律上の意味を理解しておく必要があります。

この点、「内定」が法律上どのような契約にあたるのかについては争いがありますが、過去の判例では「入社予定日を就労開始日とする解約権留保付きの労働契約(雇用契約)」であると考えられています(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)。

簡単にいうと「就労開始日である入社予定日までに内定者に内定取消事由が発生した場合には企業側が一方的に労働契約を解約することが出来る権利が留保された契約」というような契約が「内定」ということになるでしょう。

このような内定の定義を考えると、内定によって内定者と内定先の企業の間に「労働契約」は結ばれることになるものの、内定者が実際に内定先の企業で「就労」を開始しなければならないのは「就労開始日」が到来する「入社予定日(※新卒の場合は4月1日など)」以降ということになります。

入社前研修への出席を義務付けられる契約上および法律上の根拠はない

前述したように「内定」は「入社予定日を就労開始日とする解約権留保付きの労働契約(雇用契約)(大日本印刷事件:最高裁昭和54年7月20日)」であると考えられますから、企業から「内定」を受けた時点で内定者と内定先企業の間に「労働契約」が発生することによって内定者と内定先企業の間に「雇用関係」が生じることになります。

しかし、その「雇用関係」はあくまでも「入社予定日を就労開始日」とするものに過ぎませんので、内定者が実際に内定先の企業で「就労」を開始しなければならないのは「就労開始日」が到来する「入社予定日(※新卒の場合は4月1日など)」以降ということになります。

「就労」とは労働者が使用者(会社・雇い主)の「指揮命令下」に置かれることと言い換えることが出来ますので、内定によって内定者と内定先企業との間に「雇用関係」が発生することになったとしても、内定者が実際に内定先企業の「指揮命令下」に置かれるのは「入社予定日」以降ということになります。

この点、企業が内定者に入社前研修(内定者研修)への出席を義務付けるということは、内定者に対して入社前研修(内定者研修)への出席という行為を「指揮」し「命令」していることに他なりませんから、そう考えると、内定先の企業が内定者に対して研修への出席を強制させることが出来るのは「入社予定日」が到来した日以降に限られるということになります。

したがって、たとえ内定者であっても内定先の企業側に入社前研修(内定者研修)への出席を強制できる労働契約上の法律的な根拠はないことになりますから、内定者が労働契約で合意した就労開始日である「入社予定日」が到来するまでの期間に、内定先の企業から入社前研修(内定者研修)への出席を強制させられるいわれはないということになります。

入社前研修への参加は内定者の任意であるべきもの

そもそも、社員に対する研修は、その研修をすることで社員を会社の労働力として労働させ企業が利益を得ることを目的としているのですから、社員研修は会社の業務として(社員に給料を払って)行うべきものです。

会社が入社前研修を行う真の意味は、入社前に研修を終わらせて入社後すぐに労働力として働かせることで、本来は入社式後に行わなければならない研修期間の人件費を抑えることにあるにすぎません。

▶ 内定者研修(入社前研修)をする会社はブラック企業なの?

入社前研修(内定者研修)は内定者の「タダ働き」という犠牲の下に内定先企業の利益を優先させているにすぎませんので、仮に内定者が「めんどくさいから行きたくないな」と考えてその研修への出席を拒否することは法的にはまったく問題はないのです。

なお、過去の裁判例入社前研修への出席を拒否したため内定取り消しにあった大学院生が会社に対して裁判を起こした「宣伝会議事件」でも、裁判所は入社前研修への出席は「内定者の任意の同意に基づいて行われるべきもの」と判示されています。

入社前研修の出席を拒否したことで不利益な取り扱い受けるのは問題ないのか?

入社前研修が任意であって、強制的に出席させられる法的な根拠がないことは分かりましたが、入社前研修を拒否したことによって入社式後の社員としての地位に影響が生じることが心配という人も多いのではないでしょうか?

入社前研修を実施している会社では、入社前研修に出席しない内定者に対して一定のペナルティーを科す(たとえば研修に出席しない内定者は入社後の給与が一定額少なくなるなど)などの行為を行うことがあります。

企業によっては、入社前研修の出席者と非出席者との間に入社後の社員としての地位に差を付けたりすることもあるかもしれません。

このような入社前研修への出席の有無で、入社後の待遇に差を設けることは認められるのでしょうか?

前述したように、入社前研修への出席を強制させる法的な根拠はありません。

そのため、入社前研修に出席しなかったことを理由にして入社後の待遇に差を設けることは認められないでしょう。

入社前研修への出席は任意なのですから、その出席の有無で待遇に差を設けることは社員を不当に差別することにつながりますので、法的には認められないと言えます。

なお、過去の裁判例でも入社前研修への出席を拒否したため内定取り消しにあった大学院生が会社に対して裁判を起こした事案で、「入社前研修への出席を拒否したことをもって内定者に不利益な取り扱いを行うことは許されない」という趣旨の判示がされています(宣伝会議事件:東京地裁平成17年1月28日)。

入社前研修への出席を拒否したことを理由に採用内定を取り消されることは認められるか?

前述したように、入社前研修への出席は任意であるべきものですから、入社前研修への出席を拒否したことを理由に内定を取り消すことは法的には認められません。

この点、入社前研修への出席を拒否したため内定取り消しにあった大学院生が会社に対して裁判を起こした「宣伝会議事件(東京地裁平成17年1月28日)」でも、入社前研修を欠席したことを理由に内定を取り消すことは許されないと判示されています。

入社前研修を強制された場合の対処法

前述したように、入社前研修への出席は内定者の任意な自由意思に基づくべきものであり、その参加が強制されるものではありません。

そのため、入社前研修に出席しないことを理由として、入社後に不利益な取り扱いを受けるような場合には、労働基準監督署に是正を促してもらうよう求めたり、場合によっては裁判などを提起して不利益な取り扱いをやめさせる(場合によっては損害賠償請求なども)などが必要なこともあるでしょう。

判例チェック

宣伝会議事件(東京地裁・平成17年1月28日・労働判例 890号)

入社前研修に出席していた大学院生が会社から多数の課題やレポートを求められたため博士課程の論文作成に支障をきたしたことから入社直前の入社前研修の一部を欠席したところ、会社側が入社前研修を欠席する内定者は内定辞退があったものとみなされると主張して内定を取り消した事案。

裁判所は、入社前の内定者に対し入社前研修への参加を強制させる業務命令を発する法的な根拠はなく、入社前研修への参加は被参加者(内定者・労働者)の任意に委ねられるべきものであり、入社前研修への出席を拒否したことをもって内定を取り消したり不利益な取り扱いをすることはできないという趣旨の判断を下しました。