うっかり寝過ごして遅刻したり遅刻しそうになったというような経験は、長い人生で考えれば誰しも一度はある(?)のではないかと思います。
寝坊による遅刻も学生時代には笑い話で済まされたかもしれませんが、社会人となるとそうはいきません。
会社での遅刻は、その与えられた業務によっては会社に多大な損失を与えてしまう恐れもありますので、その遅刻の頻度やそれによって発生した損害の度合いによっては懲戒事由に該当し、会社から何らかの処分を受けてしまう可能性もあるでしょう。
しかし、だからといって労働者が遅刻したことを理由とする解雇がすべての場合に適法と判断されるわけではありません。
労働者の長期雇用が国民の生活安定の基本と考えられている日本では、裁判所においても労働者の解雇は厳しく判断される傾向がありますので、たとえ「寝坊」という労働者の非違行為があったとしても、会社がむやみやたらに労働者を解雇することは好ましくないからです。
そこで今回は、労働者が「寝坊」により「遅刻」したことを理由に解雇することは認められるのか、また「寝坊」を原因とする「遅刻」を理由に解雇された場合の具体的な対処法などについて考えてみることにいたしましょう。
「寝坊」による「遅刻」は解雇事由に該当するか?
「寝坊」を理由とする解雇の有効性を考える前に、そもそも「寝坊」することが会社における解雇事由に該当するか、という点を考える必要があります。
この点、会社における解雇には「懲戒解雇」と「普通解雇」の2種類がありますが、多くの会社では就業規則で「無断もしくは正当な事由無く欠勤又は遅刻等を繰り返したとき」などを懲戒解雇事由と規定している場合が多いと思いますので、「寝坊」が原因で「遅刻」することは「懲戒処分」としての解雇事由に該当するということがいえます。
また、「普通解雇」の場合も就業規則で「精神または身体の障害により業務に耐えられないとき」や「その他やむを得ない事由があるとき」などが普通解雇事由として規定されている場合が多いと思います。
そのため、「寝坊による遅刻」が繰り返されたような場合には「精神または身体の障害により業務に耐えられない」と判断されたり「やむを得ない事由」があると判断される場合もあろうかと思われますので、「寝坊」が原因で「遅刻」することは「普通解雇処分」としての解雇事由にも該当するということがいえます。
解雇事由に該当するからといって当然に解雇が許されるわけではない
前述したように、「寝坊」を原因として「遅刻」した場合には、そのこと自体が就業規則などで規定された「普通解雇」や「懲戒解雇」の「解雇事由」に”形式的”に該当することになるものと考えられます。
しかし、”形式的”に普通解雇や懲戒解雇の「解雇事由にあたる」からといって、会社がその「解雇事由にあたる」という理由だけで無条件に労働者を解雇できるわけではありません。
なぜなら、労働契約法の第16条にも規定されていますが、使用者(会社)が労働者を「解雇」する場合にはその解雇事由に客観的に合理的な理由があり、その解雇理由が社会通念上合理的と認められるものでない限り、その解雇は「無効」と判断されるからです。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
そのため、仮に「寝坊」による「遅刻」が形式的に就業規則などに規定された「普通解雇」や「懲戒解雇」の「解雇事由に該当する」としても、その「寝坊による遅刻」を理由として「解雇」することが「客観的に合理的」であり「社会通念上相当」といえない場合には、「寝坊による遅刻」を理由とした解雇は権利の濫用として無効と判断されることになります。
また、その解雇が「懲戒解雇」の場合には、懲戒処分をすることそれ自体にも「客観的合理的理由」や「社会通念上の相当性」が求められていますので(労働契約法の第16条)、「寝坊」による「遅刻」を理由として「懲戒処分」をすること自体に「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」が認められない場合には、その「懲戒処分をすること」自体が権利の濫用として無効と判断される可能性もあるでしょう。
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
したがって、そのたとえ「寝坊による遅刻」で会社に迷惑や損失を与えたとしても、その「寝坊による遅刻」を理由として「解雇」することが「客観的に合理的」であり「社会通念上相当」といえない場合には、会社はその「寝坊して遅刻」した労働者を解雇することが出来ませんし、仮にそれを理由に解雇したとしても裁判になればその解雇は無効と判断されることになるのです。
「寝坊による遅刻」を理由とする解雇はどのような事実がある場合に「客観的に合理的でなく」「社会通念上相当といえない」と判断されて無効となるか?
前述したように、「寝坊による遅刻」は就業規則に規定された「普通解雇」や「懲戒解雇」の「解雇事由」に該当するのが一般的ですが、たとえ「解雇事由」に該当する場合であっても、「寝坊によって遅刻したこと」を理由として解雇することが「客観的に合理的」であり「社会通念上も相当」といえない限り、会社はその「寝坊によって遅刻」した労働者を解雇することは認められません。
この点、どのような「寝坊による遅刻を理由とした解雇」が「客観的に合理的でなく」「社会通念上相当といえない」と判断できるのか、その基準が問題となりますが、この点についてはケーバイケースで異なりますので、一概に「〇〇の場合にはその解雇は客観的に合理的とはいえず社会通念上も相当ともいえない」というような場合を具体例として挙げることはできません。
もっとも、「寝坊による遅刻を理由とした解雇」が問題となった過去の裁判例(高知放送事件:最高裁昭和52年1月31日)では、次のような事実があったことを考慮して「寝坊による遅刻を理由とした解雇」が「無効」と判断されていますので、仮に「寝坊して遅刻」した場合であっても、次のような事実がある場合には、会社から解雇されたとしてもその解雇は無効と判断されるのではないかと思われます。
高知放送事件とは、アナウンサーが宿直勤務の際に寝坊してしまいラジオニュースの生放送が出来なくなったことを理由になされた解雇の効力を争った裁判で、この事件ではアナウンサーは2週間の間に2度も寝過ごしてニュース番組が中止されるという放送事故を2回も起こしていたのですが、その寝坊に関する複数の事情などを考慮して解雇という重い処分を下すことは権利の濫用であり無効と判断されています。
▶ 高知放送事件:最高裁昭和52年1月31日|裁判所判例検索
(1)悪意や故意による寝坊(遅刻)ではなかった場合
前述した高知放送事件(最高裁昭和52年1月31日)では、寝坊して遅刻したことに「悪意」や「故意」が無かったことも解雇が無効と判断された材料の一つとされていますので、寝坊して遅刻した行為について「寝坊して会社を困らせてやろう」とか「寝坊して遅刻すれば同僚の〇〇を困らせることが出来るだろう」などといった「悪意」や「故意」をもって寝坊して遅刻した場合には、それを理由として解雇することも「合理的な理由があり社会通念上相当」と判断されるかもしれませんが、そうでない単なる「過失」で「寝過ごしただけ」であれば、それを理由に解雇されたとしてもその解雇は無効と判断される可能性が高いものと思われます。
(2)他の従業員等に起こしてもらう手はずになっていたのに起こしてもらえなかった場合
前述した高知放送事件では、本来は「ファックス担当者が先に起きアナウンサーを起こすことになつていた」にもかかわらずそのファックス担当者も寝坊してしまっていたことからアナウンサーが寝坊してしまったことも解雇が無効と判断された材料の一つとされていますので、たとえば会社の宿直勤務で他の従業員などが起こしてくれる決まりになっていたにもかかわらず、その係の人が起こしてくれなかったというような事情がある場合には、たとえ寝坊によって遅刻したことを理由に解雇されたとしても、その解雇は無効と判断される余地が高いのではないかと思われます。
また、このような場合にはその起こしてくれるはずであった従業員がどのような処分を受けているという点も考慮されることになりますので、例えば自分を起こしてくれるはずであった従業員が寝坊して起こしてくれなかった場合に、その従業員が減給の処分でとどまっているにもかかわらず自分が解雇されてしまったような場合にはその解雇は無効と判断されるものと解されるでしょう。
(3)寝過ごした後に遅刻の被害を最小限に抑える努力をしていた場合
また、前述した高知放送事件では、寝過ごしたアナウンサーが「起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力したこと」も解雇が無効と判断された材料の一つとされていますので、寝過ごして遅刻した場合であってもその遅刻による影響を最小限に抑えるために走って出社したとかタクシーで出社したとか、一刻も早く出社する努力をしているような事実がある場合には、たとえ寝過ごして遅刻したことを理由に解雇されたとしてもその解雇は無効と判断される可能性が高くなるのではないかと思われます。
(4)遅刻した時間がさほど長時間でない場合
また、前述した高知放送事件では、アナウンサーが寝坊したことによって生じた時間的ロスについて「寝過しによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと」も解雇が無効と判断された材料の一つとされていますので、寝坊して遅刻した場合であってもそれがさほど長時間でない場合には、それを理由に解雇されたとしてもその解雇は権利の濫用として無効と判断されるのではないかと思われます(※たとえば5分や10分の遅刻を数回繰り返した人と数時間の遅刻を繰り返した人とでは、前者の方が後者の場合よりも解雇が無効と判断される余地は高くなるといえます)。
(5)会社側が事故発生の防止策をとっていなかった場合
また、前述した高知放送事件では、寝過ごしてニュース放送を飛ばしてしまったアナウンサーを解雇した放送局(会社)が「早朝のニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかったこと」も解雇が無効と判断された材料の一つとされていますので、たとえ自分の過失で寝坊して遅刻したことにより会社に損失を与えてしまった場合であっても、その損失が生じないような対策を事前に会社側が何ら取っていなかったような場合には、寝坊による遅刻を理由に解雇されたとしてもその解雇は権利の濫用として無効と判断されるのではないかと思われます。
寝坊をして遅刻したことを理由に解雇されないためには?
上記のように、過去の裁判例(高知放送事件:最高裁昭和52年1月31日)では、寝坊による遅刻に「故意」や「悪意」が無かった場合や、その遅刻の被害を最小限に抑える努力をしている場合には解雇されたとしてもその解雇は「無効」と判断される可能性が高くなると思われますので、仮に寝坊して遅刻した場合であっても、可能な限りその影響を最小限度に抑えるような努力をすることが必要でしょう。
たとば、仮に寝過ごして遅刻しそうな場合であっても「どうせ遅刻だから」と考えてのんびり出社するのではなく、「少しでも早く出社しよう」と考えて走るなり通常よりも会社に早く到着できる交通機関を利用したりできうる限りの努力をする必要があるといえます。
また、寝坊による遅刻に「故意」や「悪意」がある場合には解雇も相当と判断される可能性が高くなりますので、まかり間違っても「寝坊したことにして遅刻して上司を困らせてやろう」とか「寝坊して遅刻すれば同僚の〇〇を焦らせることが出来るだろう」などと考えて寝坊して遅刻するのは絶対に避けるべきといえます。
寝坊をして遅刻したことを理由に解雇された場合の対処法
以上のように、仮に寝過ごしたことによって遅刻した場合であっても、会社が「寝坊によって遅刻したこと」を理由として解雇することが「客観的に合理的」でなく「社会通念上も相当」といえない場合には、その解雇は権利の濫用として「無効」と判断されます。
しかし、国内の全ての会社がこのような法律上の考え方を遵守するわけではありませんし、悪質なブラック企業においては従業員をリストラする口実として少々の遅刻であっても解雇事由に該当すると主張して解雇する場合も考えられますから、そのような不当な解雇を受けた場合にどのような対処をとればよいかが問題となります。
なお、「寝坊によって遅刻したこと」を理由として解雇された場合の具体的な対処法としては次のような対処法が有効であると考えられます。
(1)申入書(通知書)を送付する
前述したように「寝過ごして遅刻」した事実があったとしても、そのことをもって解雇することが「客観的に合理的」といえず「社会通念上相当」といえないような事情がある場合には、その解雇は「権利の濫用」として「無効」と判断されますので、仮に「寝過ごして遅刻した」ことを理由に会社から解雇されてしまった場合には、その解雇に「客観的合理的な理由がなく社会通念上相当とも言えないこと」を記載した「解雇の撤回を求める申入書」などの書面を作成し、「文書」という形で通知するのも一つの方法として有効です。
口頭で「違法な解雇を撤回しろ!」と要求して会社側が応じない場合であっても、文書(書面)という形で改めて通知すれば、雇い主側としても「なんか面倒なことになりそう」と考える可能性がありますし、内容証明郵便で送付すれば「裁判を起こされるんじゃないだろうか」というプレッシャーになりますので、「解雇の撤回を求める申入書」といったような申入書(通知書)の形で通知することもやってみる価値はあるでしょう。
なお、この場合に会社に通知する解雇の撤回を求める申入書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 寝坊して遅刻したことを理由とする解雇の撤回を求める申入書
(2)労働局に紛争解決援助の申立を行う
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。
都道府県労働局長は(省略)個別労働関係紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。
この点、「寝坊して遅刻したこと」を理由に会社から解雇されてしまった場合に、その解雇が「客観的合理的な理由がなく社会通念上相当とも言えない」ことを理由に解雇の効力を争う場合には、そのような権利の濫用と考えられる解雇の処分によって不利益を受けた労働者と使用者(会社)との間で”紛争”が発生しているということになりますから、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能となります。
労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、会社側が労働局の指導等に従うようであれば、会社が違法な解雇を撤回することも期待できると思われます。
なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助の申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 寝坊して遅刻したことを理由とする解雇に関する労働局の申立書
(3)弁護士など法律専門家に相談する
上記のような対処行っても会社が「寝坊して遅刻したこと」を理由とした解雇の処分を撤回しない場合には、弁護士などの法律専門家に相談するしかありません。
弁護士に依頼して示談交渉や裁判を行うとそれなりの費用が発生しますが、法律の素人が乏しい知識で交渉しても解決するのは難しいと思いますので、早めに弁護士に相談する方が無難です。