『労働契約書(雇用契約書)を交付してもらえない場合の対処法』のページでも説明しましたが、使用者(雇い主)が労働者を雇い入れる場合には、労働者に対して賃金や労働時間その他の労働条件が記載された労働契約書(雇用契約書)を交付することが法律で義務付けられています(労働基準法第15条1項、労働基準法施行規則第5条3項)。
しかし、ブラック企業などでは、実際に就労を始めてみると、面接の際に受けた説明や労働契約書に記載されている内容とは全く異なる労働条件や待遇で働くことを強制させられてしまうといった事例が多く見受けられるようです。
たとえば、面接の際には時給1000円という説明を受け契約書にも時給1000円と記載されているのに実際に働き始めてみると時給が900円しか支給されなかったり、面接の際には週休二日制と説明されて契約書にもそう記載されているにもかかわらず、実際に働き始めると隔週しか土曜日が休みにならないというような場合が代表的な事例として挙げられます。
このようないわば詐欺的な方法で雇い入れらてしまうと、労働者の側は経済的な損失を受けるだけでなく他の企業に就職する機会も喪失してしまうことになりますので、このような場合に法律上どのような対処ができるのかという点を理解しておくことも有益ではないかと思われます。
そこで今回は、面接の際に説明を受け労働契約書(雇用契約書)に記載された労働条件や待遇と、実際の労働条件や待遇が異なる場合の対処法などについて考えてみることにいたしましょう。
※なお、面接の際に説明を受けた内容と異なる労働条件や待遇が労働契約書に記載され、(それに気づかずに契約書にサインしてしまい)その労働契約書に記載された労働条件や待遇で就労させられているというような場合の対処法についてはこちらのページで解説しています。
▶ 面接と違う内容の労働条件が雇用契約書に記載されている場合
面接で説明され労働契約書に記載された労働条件や待遇が実際の労働条件や待遇と異なる場合の対処法
前述したように、ブラック企業や法令の遵守に積極的でない企業では、面接の際に説明し労働契約書(雇用契約書)に記載した賃金や休日などよりも労働者にとって不利益な労働条件で働かせる事例が多くあるようです。
このように、実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる場合、労働者がどのように対処すればよいかという点が問題となりますが、最終的には「そのような詐欺的な手法で労働者を雇い入れるような怪しい会社は辞めてしまおう」と考えるか「そんな怪しい会社でも改心してまともな会社になる可能性もあるのでそれを期待してその会社で働き続けよう」と考えるかのどちらかになると思われますので、その対処法も「会社を辞める場合」と「会社に勤務し続ける場合」で異なってくることになるでしょう。
そこで以下では、「会社を辞める場合」と「会社に勤務し続ける場合」に分けてそれぞれの対処法を検討してみることにいたします。
会社を辞める場合
実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる場合において、その会社(※個人事業主も含む)を「辞めたい」と思う場合には、退職届(退職願)を提出して即時に退職するようにしましょう。
この点、契約期間が「〇年〇月~〇年〇月まで」というように定められた有期雇用契約の場合、契約期間の途中で退職することになり契約違反となってしまうのではないかという点が問題となりますが、このように実際の労働条件が面接や労働契約書で説明した労働条件と異なる場合には契約期間の有無にかかわらず「即時に」契約を解除して退職することが法律上認められていますので(労働基準法第15条2項)、労働契約に期間が定められているかいないかに拘わらず(有期労働契約または無期労働契約の違いに関係なく)、退職届(退職願)を提出することによって即時に退職することが可能となります。
【労働基準法第15条】
第1項 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
第2項 前項の規定に従って明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
第3項(省略)
なお、契約期間の定められていない労働契約(無期雇用契約)の場合には退職届(退職願)を提出してから2週間が経過した時点で退職となりますが(民法第627条1項後段)、労働基準法第15条2項の規定による退職の場合は「即時」に退職することが認められていますので、契約期間の定めがあろうとなかろうと、「実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なること」を理由として退職する場合には退職届(退職願)を提出したその瞬間に「即時」に退職することが可能となります。
なお、この場合に雇い主に提出する退職届(退職願)の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 実際の待遇が面接や契約書の内容と異なる場合の退職届の記載例
なお、労働基準法第15条2項に基づいて退職する場合は退職届(退職願)を提出した時点で即時に退職の効果が発生しますので会社側が「退職を認めない」と主張した場合であっても労働基準法第15条2項に基づく退職が正当な場合には退職の効果に支障はありませんが、会社があくまでも退職を認めない場合の対処法についてはこちらのページを参考に対処してください。
ちなみに、この労働基準法第15条2項の規定に基づいて退職する労働者が、その会社に就職するために引っ越しをしていて退職することに伴って実家に帰るなど帰郷する必要が生じた場合には、その帰郷するのが退職日の14日以内であればその帰郷の為の旅費を会社に対して請求することが可能となります(労働基準法第15条3項)。
なお、この場合に会社が帰郷の為の旅費を支払わない場合の対処法についてはこちらのページで解説しています。
▶ 退職にともなう帰郷に必要な旅費が会社から支給されない場合
会社を辞めない場合
前述したように、実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる場合に会社(※個人事業主も含む)を「辞めたい」場合には退職届(退職願)を提出して即時に退職することが可能ですが、あくまでもその会社を「辞めたくない」と思う場合には、以下のような方法を用いて雇い主に対し実際の労働条件を面接において説明を受け労働契約書に記載されている労働条件に修正するよう要求していくほかないものと思われます。
なお、実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる場合には、労働条件が使用者側の都合で一方的に変更されたものと考えることができますので、その対処法も基本的には使用者側の一方的な労働条件の切り下げと同じになります(※使用者側の一方的な労働条件の切り下げについては『「給料を下げる」と言われたら?(一方的な賃金引下げの対処法)』のページで解説しています)。
(1)申入書(通知書)を送付する
実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる場合において、口頭で「面接や契約書のどおりの賃金を支払え」とか「面接や契約書のどおりの休日を与えろ」と掛け合っても会社(※個人事業主も含む)が労働条件を修正しないような場合には、「労働契約書に記載された労働条件の履行を求める申入書」などを作成し「文書」という形でその労働条件の履行を請求するのも一つの方法として有効です。
口頭で「〇〇しろ」と要求して埒が明かない場合であっても、文書(書面)という形で改めて正式に請求すれば、雇い主側としても「なんか面倒なことになりそう」と考えて労働条件を契約のとおりに修正することもあり得ます。
また、書面を作成して内容証明郵便で送付すれば「裁判を起こされるんじゃないだろうか」というプレッシャーを与えることが出来ますので、改めて申入書(通知書)という形の文書で通知することもあながち無駄ではないと思われます。
なお、この場合の申入書の記載例はこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 実際の賃金等の待遇が面接や契約書と異なる場合の異議申入書
(2)労働局に紛争解決の援助の申立を行う
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。
この点、実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる場合についても、労働契約となっている労働条件や待遇を受けられない労働者と事業主との間で”紛争”が発生しているということになりますから、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能となります。
労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、事業主側が労働局の指導等に従うようであれば、会社側がそれまでの態度を改めて面接の際に説明し労働契約書に記載された労働条件や待遇を履行するようになる可能性もあるでしょう。
なお、この場合に労働局に提出する申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 実際の賃金や休日が面接や契約書と異なる場合の労働局への申立書
(3)弁護士会や司法書士会などが主催するADRを利用する
ADRとは「Alternative Dispute Resolution」の略省で、裁判外紛争処理手続のことをいい、弁護士など法律の専門家が中立的な立場で紛争当事者の間に関与することで両者の話し合いを促す調停のような手続きになります。
ADRは裁判などと異なり、あくまでも「当事者間の自主的な話し合いの場の提供」という体で行われますので、今後も勤務し続ける会社との間における紛争など、紛争解決後に相手方としこりを残したくないような問題には比較的適していると考えられ近年注目されている手続となります。
また、当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、中立的な第三者が間に入ることにより紛争解決へ向けた要点の絞られた話し合いが可能となりますし、弁護士や司法書士など法律の専門家が関与することによって法律に違反する解決策が提示される問題も発生しなくなるとう利点もあります。
手続きの費用が数千円から数万円で利用できることから、弁護士や司法書士に個別に依頼して裁判を行うよりも格段に少ない費用負担で紛争解決が望める点もADRの利点として挙げられるでしょう。
なお、ADRの利用については主催している弁護士会や司法書士会などで教えてもらえますので興味がある方は最寄りの弁護士会や司法書士会に問い合わせしてください。
(4)弁護士などに依頼し裁判や調停を行う
上記のような手段を用いても解決しなかったり、最初から裁判所の手続きを利用したいと思うような場合には弁護士や司法書士に依頼して裁判を提起したり調停を申し立てるしかないでしょう。
弁護士や司法書士に依頼するとそれなりの費用が必要ですが、法律の素人が中途半端な知識で交渉しても自分が不利になるだけの場合も有りますので、早めに弁護士や司法書士に相談することも事案によっては必要になるかと思われます。
労働基準監督署に相談できるか?
使用者(会社※個人事業主も含む)が労働基準法に違反している場合には、労働者は労働基準監督署に対して違法行為の是正申告を行うことが可能で(労働基準法第104条第1項)、その場合、労働基準監督署は必要に応じて臨検や調査を行うことになるのが通常です(労働基準法101条ないし104条の2)。
そのため、実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる場合にも、労働基準法違反を理由として労働基準監督署に違法行為の是正申告を行い、監督署の臨検や調査を促すことで会社側が労働条件や待遇を改善させることが出来ないかが問題となります。
しかし、実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なるという事案については、それ自体は労働基準法に違反するものではないので労働基準監督署に申告するのは難しいのではないかと思われます。
なぜなら、前述した労働基準法第15条で義務付けられているのはあくまでも労働条件を労働契約書という「書面」で「交付(労働基準法第15条1項の”明示”は同法施行規則第5条3項で”交付”とされています)」することであって「面接の際に説明した内容と労働契約書の内容の一致」ではありませんから、仮に面接の際に説明された内容と異なる労働条件や待遇が労働契約書に記載されていたとしても、労働者がその労働契約書に署名して労働契約書を受け取っているのであれば、その会社は労働基準法の第15条に違反したことにはならないからです。
そのため、このように「実際の賃金や休日などの労働条件が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明された労働条件と異なる」という事案の場合には、労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことは難しいのではないかと思われます。
もちろん、雇い主が面接や労働契約書(雇用契約書)で説明した内容と異なる労働条件や待遇を労働者に強制するのは詐欺的な手法であって道義的に非難されるべきですが、労働基準法に違反しているかというと少々疑問が生じる余地がありますので、このような事案に関しては上記で説明したように労働局への紛争解決援助の申立や弁護士などに相談して訴訟などで解決を図るしかないのではないかと思います