広告

懲戒処分はどのような場合に認められるのか?

労働者が何らかの非違行為を行った場合、使用者(会社)から何らかの「懲戒処分」を受けてしまうことがあります。

「懲戒処分」の内容としては、「解雇(懲戒解雇)」から「出勤停止」「降格」「減給(罰金)」「けん責」や「戒告」など様々なものがありますが、労働者が非違行為を行ったからといって使用者(会社)が無条件に「懲戒処分」ができるわけではありません。

なぜなら、そもそも労働契約(雇用契約)は労働者と使用者(会社)が対等の立場で結ぶものでありその立場に優劣はないと考えられるからです。

使用者(会社)が労働者に対して一方的に「懲戒処分」を下す行為は、使用者(会社)が労働者を支配従属させることにつながることになりますから、たとえ労働者側になんらかの責められるべき非行があったとしても、「懲戒処分」が認められるためにはそれが認められるべき根拠が必要ですし、仮に「懲戒処分」が認めれられるとしてもその範囲や内容は限定的に考えるべきといえます。

そこで今回は、使用者(会社)が労働者に命じる「懲戒処分」は具体的にどのような場合に認められるのか、といった点について考えてみることにいたしましょう。

広告

懲戒処分は「企業秩序の維持」のために認められるもの

前述したように、労働者と使用者(会社)の間で結ばれる労働契約(雇用契約)は対等な立場で結ばれるものですから、使用者(会社)が労働者を支配従属させることを是認するような「懲戒処分」という行為が何を根拠として認められるのかが問題となります。

この点、過去の裁判例(関西電力事件:最高裁昭和58年9月8日)では、使用者(会社)が「懲戒処分」を行う場合の「懲戒権」の根拠を「企業秩序を維持して企業の円滑な運営を図ること」に求めていますので、この「企業秩序の維持」に必要な範囲で懲戒処分が認められることになります。

【関西電力事件:最高裁昭和58年9月8日】
労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができる(以下省略)
(※関西電力事件:最高裁昭和58年9月8日より引用(抜粋))

労働者が会社で働いて賃金の支払いを受けるためには、安定的に保たれた企業秩序の中で安心して労働できる環境が必要となりますから、会社は「企業秩序を維持して企業の円滑な運営を図る」ために「企業秩序を維持する」という義務を負っていることになります。

そして、その義務を果たすためには、その企業秩序を損なう労働者に対して何らかの権力を行使して企業秩序を維持する必要が生じますから、その企業秩序を維持するための権利(企業秩序定立権)として懲戒権が必要となることになります。

一方で、労働者の方も「企業秩序を維持する」という義務を負担している使用者(会社)と労働契約を締結している以上、その「企業秩序を維持する」という行為に違反してはならないという「企業秩序順守義務」を労働契約(雇用契約)上負担しているということになります。

そのため、その「企業秩序」を乱すような非違行為が会社の影響力が及ぶ範囲で行われた場合には、その「企業秩序定立権」としての懲戒権を使用して、会社(使用者)がその企業秩序を乱した労働者に対して「懲戒処分」を加えることが認められるということになるのです。

懲戒処分にあたる「事由」と懲戒処分の「種類及び程度」が就業規則に定められていることが必要

上記の判例でも判示されているように、労働者は使用者(会社)に対して企業秩序を遵守しなければならない義務(企業秩序順守義務)を労働契約(雇用契約)上負担していることになりますから、その義務に違反して企業秩序を乱すような行為を行った場合には、使用者(会社)から懲戒処分を下されることも甘受しなければならないことになります。

しかし、そのような「企業秩序順守義務違反」に対する「懲戒処分」が認められるとしても、懲戒処分の内容は前述したような解雇(懲戒解雇)」や「出勤停止」「降格」「減給(罰金)」「けん責」「戒告」など制裁的な意味合いを持つものといえますから、労働者の側としても、どのような行為を行った場合どのような内容・程度の懲戒処分(制裁)を受けることになるのかといった点を具体的に理解しておかなければ、使用者(会社)側の恣意的な懲戒処分で不当な不利益を被る恐れもあり不都合です。

この点、過去の判例では、使用者(会社)が労働者に対して懲戒処分を行う場合には、あらかじめ就業規則にその種類や程度に関する事項を定め、その規則に定められた範囲内で制裁としての懲戒処分を行うことができると判断されていますから(国鉄札幌運転区事件:最高裁昭和54年10月30日)、懲戒処分として何らかの制裁が労働者に加えられる場合には、あらかじめその懲戒事由や懲戒処分の内容等について就業規則に定めてられていなければならないものと考えられます。

【国鉄札幌運転区事件:最高裁昭和54年10月30日】
(中略)…これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、又は規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である。(以下省略)
(※国鉄札幌運転区事件:最高裁昭和54年10月30日より引用(抜粋))

また、労働基準法の第89条9号でも使用者(会社)が労働者に制裁(懲戒処分)を行う場合にはその制裁の種類と程度に関する事項について定めておくことが義務付けられていますので、懲戒処分としの労働者に何らかの制裁を加えられる場合には、就業規則にその懲戒事由と懲戒処分の内容等があらかじめ記載されておかなければならないということになるでしょう。

【労働基準法第89条】
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
第1号(省略)
第9号 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
第10号(省略)

以上のように、使用者(会社)が「企業秩序の維持」に必要な範囲で労働者に対して「懲戒処分」として制裁を加えることが認められていますが、だからといって無条件に「懲戒処分」が認められるわけではなく、懲戒処分をが認められるためにはあらかじめその「懲戒事由」と「懲戒処分の種類や内容」について就業規則に定められていることが必要であり、そのような就業規則の定めがない限り、使用者(会社)はたとえ労働者が非違行為を犯したとしても、その労働者に対して懲戒処分を与えることはできないということになります。

「企業秩序の維持」に関係しない懲戒処分や、「就業規則」に定めのない懲戒処分は「客観的合理性」のない懲戒処分として無効になる

以上で説明したように、使用者(会社)が労働者に対して行う懲戒処分は、「企業秩序の維持」のために必要とされる範囲内でのみ認められるものであり、「就業規則の定め」がある場合に限って認められるものであるといえます。

では、労働者に何らかの非違行為があったとしても、その行為によって企業秩序が損なわれていなかったり、企業秩序が損なわれた事実があったとしても、その非違行為について懲戒処分を命じることができるような懲戒事由や懲戒処分の種類および程度が就業規則に定められていなかったにもかかわらず懲戒処分がなされた場合にはどうなるのでしょうか?

企業秩序が損なわれない行為であれば、たとえそれが労働者の非違行為であっても「企業秩序の維持」という必要性は存在しませんから懲戒処分をする必要性もないと考えられますし、仮に企業秩序が損なわれた場合であっても就業規則に定められていないのであれば懲戒処分を命じることができる根拠がないと考えられるため問題となります。

この点、結論からいうと、そのような懲戒処分は労働契約法の第15条に基づいて「客観的に合理的な理由」を欠いた懲戒処分として無効と判断されることになります。

【労働契約法第15条】
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

(1)懲戒処分が企業の秩序維持に必要がない場合

たとえば「寝坊による遅刻」をした労働者の場合を例にとると、「遅刻」という行為自体は会社に迷惑をかける行為となりますので、会社が「寝坊で遅刻」した労働者に対して何らかのペナルティーを与えることも必要になる場合があるかもしれませんが、労働者が「遅刻」しただけでは「企業の秩序を乱した」とは言えないのが通常ですから、「遅刻」を理由に懲戒処分を与えることは「客観的合理性がない」と判断されることになりますので労働契約法第15条に基づいて無効と判断されることになります。

(※「企業の秩序」を乱したとは言えない非行についてはその労働者の査定の問題として待遇の評価を判断する際の材料にするなど懲戒処分以外の方法で処分をするしかないことになります)

しかし、たとえば何度注意しても「寝坊による遅刻」が繰り返されるような場合で、その遅刻により他の社員の業務に支障が出たり、業務が滞るような事情がある場合にはその「遅刻」によって「企業の秩序が害された」ということになりうる可能性がありますから、そのような「企業秩序の維持」に支障が出るような「遅刻」については使用者(会社)が労働者に対して懲戒処分を与えることも「客観的合理性がある」と判断され、懲戒処分も有効になる余地があるといえるでしょう。

(2)懲戒事由や懲戒処分の種類および程度が就業規則に定められていない場合

① 懲戒事由が具体的に就業規則に定められていない場合

前述したように、使用者(会社)が労働者に懲戒処分を与えるには、その懲戒処分の対象となる行為が具体的にどのような行為をいうのか、その懲戒事由が具体的に定められていなければなりませんので、就業規則に定めがないにもかかわらず、懲戒処分を与えることは「客観的合理性がない」と判断されて無効となります。

たとえば、仮に「寝坊による遅刻」が度重なって「企業の秩序」が乱されるような場合であったとしても、就業規則に「繰り返し遅刻をした者」が「懲戒処分」に該当するとあらかじめ定められていないような場合には「遅刻を繰り返した」という理由で懲戒処分をすることは認められませんから、そのような就業規則の定めがないにもかかわらず「繰り返し遅刻をした」ことを理由に懲戒処分を下すことは「客観的合理性がない」懲戒処分として無効と判断されることになります。

② 懲戒処分の種類及び程度が就業規則に記載されていない場合

また、仮に「繰り返し遅刻をした者」が「懲戒処分」に該当するとあらかじめ就業規則に定められていたとしても、その「懲戒処分」の種類や程度について具体的に就業規則に定められていないような場合には、その「繰り返し遅刻をした」という理由で懲戒処分を与えた場合には「客観的合理性がない」と判断されて無効になります。

たとえば、就業規則に「無断もしくは正当な事由無く欠勤又は遅刻等を繰り返したとき」の懲戒処分の内容として「減給」と定められている場合には、その労働者が「遅刻を繰り返した」場合には懲戒処分として「減給」を与えることはできますが、「懲戒解雇」することは出来ませんので、仮にこのような会社で「遅刻を繰り返した」労働者に懲戒処分として「懲戒解雇」を行った場合には、その懲戒処分は「客観的合理性がない」として無効と判断されることになります。

懲戒処分を受けた場合に注意すべき点

以上で解説したように、使用者(会社)が労働者に懲戒処分を与える場合には、「企業秩序の維持」という目的が必要となりますから、たとえ会社に迷惑が掛かるような行為をした場合であっても、自分がした行為によって「企業秩序を乱した」といえる状況があったか、という点をよく確認するようにしてください。

もし仮にその行為が「企業秩序を乱した」といえない行為であるにもかかわらず懲戒処分を受けたというような場合には、その懲戒処分は「客観的合理的理由のない懲戒処分」として無効と判断される可能性が高いといえるでしょう。

また、懲戒処分を受けた場合には、その懲戒事由や懲戒処分の内容が就業規則に具体的に定めてあるか、という点も確認する必要があります。

就業規則に具体的な懲戒事由や懲戒処分の種類・程度が定められていないにもかかわらず懲戒処分を受けた場合にも、前述したようにその懲戒処分は「客観的合理的理由のない懲戒処分」として無効と判断される余地のあるものといえます。

会社に迷惑がかかるような非違行為を行った場合、自分に非があることから会社からの懲戒処分を無条件に受け入れてしまいがちですが、必ずしも会社が行う懲戒処分が有効(適法)とは限りませんので十分注意するようにしてください。