『インフルエンザで上司に休めと言われたら休まないといけない?』のページでも解説していますが、使用者(会社※個人事業主も含む)はその雇用している労働者の健康や安全を確保できるよう必要な配慮をすることが求められていますので(労働契約法第5条、労働安全衛生法第3条第1項)、労働者が病気や怪我の影響で休職を求めた場合には休職を認めなければなりませんし、逆に労働者が就労が困難にもかかわらず無理に働こうとする場合には休職を命令することも合理的な範囲で認められることになります。
しかし、悪質なブラック企業では、このような使用者における「労働者の健康・安全配慮義務」を逆手にとって、本来休職するほどの病気や怪我でない場合や病気や怪我が治癒して就労に問題がなくなった場合であってもかまわず休職命令を出し、労働者の就労を拒否して実質的な人減らしを行って賃金の支払から逃れている事例もあるようです。
そこで今回は、休職するほどの病気や怪我でなかったり、病気や怪我が治癒して就労に問題がないにもかかわらず使用者から休職するよう命令された場合の対処法などについて考えてみることにいたしましょう。
病気や怪我を理由とする休職命令は合理的な範囲のみ有効となる
前述したとおり、使用者(会社※個人事業主も含む)には労働契約法の第5条や労働安全衛生法の第3条でその雇用している労働者の健康や安全を確保するための必要な配慮が義務づけられていますので(労働契約法第5条、労働安全衛生法第3条第1項)、労働者が病気や怪我によって労働契約(雇用契約)で合意した業務に就労できない状態にある場合にはその労働者に対して休職を命じることも合法となります。
しかし、労働者が病気に罹患したりや怪我をしたからといって全ての場合に休職命令を出すことが出来るというものではありません。
労働者の病気や怪我を理由に休職命令を出すことが認められるとしても、使用者が行う休職命令が合理的な範囲を超えるものである場合にはその休職命令は権利を濫用したものとして無効となります(労働契約法第3条4項ないし5項、民法第1条2項ないし3項)
第1項~3項(省略)
第4項 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
第5項 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
第1項(省略)
第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
第3項 権利の濫用は、これを許さない。
休職命令が合理的かどうかの判断基準
前述したように、労働者の病気や怪我を理由とする休職命令も、その休職命令が合理的でない場合には無効となりますが、どのような場合に休職命令が合理的でないと判断されるかという点についてはケースバイケースで異なりますので、ここで一概に説明することはできません。
もっとも、一般論としていえば、病気や怪我が完治しているにもかかわらず会社が休職するように命じている場合にはその休職命令は合理的でないとして無効と判断されるでしょうし、完治していなくても「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」という場合には「治癒」したと判断できますから(平仙レース事件:浦和地裁判決昭和40年12月16日)、そのような治癒した状態にあるにもかかわらず会社が休職を命じたり従前の職務ではない他の職務に従事させるよう命令する場合には、その職務命令は権利を濫用したものとして無効と判断される可能性が高いのではないかと思われます。
具体的な例でいうと、たとえばインフルエンザに罹患して数日会社を休み医者の診察では業務に復しても問題なく周囲への感染の心配もないと言われているにもかかわらず会社が復職を許可しなかったり、ただの風邪で業務に従事することに特段の支障がなくマスクをすれば周囲への感染の心配もないにもかかわらず長期間の休業を命じられたような場合には、会社の命じる休職命令に合理性がないことから権利の濫用として無効と判断されることもあるのではないかと思われます。
なお、病気や怪我が「治癒」したか否かの判断基準についてはこちらのページでも解説していますので参考にしてください。
病気や怪我を理由に合理的でない休職を命じられた場合にはどうなるか?
以上のように、病気や怪我を理由に会社が休職を命じることが出来るとしても、その休職命令が合理的でなく権利の濫用と判断される場合にはその休職命令は無効となります。
では、そのような合理的でない無効な休職命令によって会社を休まされた場合にどうなるかというと、その場合には会社を休まなければならなくなった労働者は会社に対して休職期間中の賃金の支払いを求めることが出来るということになります。
会社の命じる休職命令が無効となる場合には、その休職は「会社の都合によって休日となった」ということになりますから、民法536条2項の規定に従って、その休職期間中の賃金(平均賃金)の全額を請求することが可能です(民法第536条第2項前段)。
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(以下省略)
なお、この場合労働基準法の第26条の休業手当の規定(休業の場合は平均賃金の60%を支払わなければならないという規定)との関係性が問題となりますが、労働基準法26条の規定は平均賃金の60%の支払いを罰則をもって確保するために規定された条項であり民法第536条の規定の責任を軽減する趣旨の規定ではないと考えられていますので、合理的でない休職命令によって会社を休まなければならなくなった場合には、その休職期間中の平均賃金の100%の支払いを求めることが可能となります(※この点の詳細は『 会社の都合による休業日、その日の賃金を請求できる?』のページで詳しく解説しています)。
病気や怪我を理由に合理的でない休職を命じられた場合の対処法
病気や怪我を理由に合理的でない休職を命じられた場合の具体的な対処法としては、『不当な休職の撤回を求める』場合と『不当な休職期間中の賃金を求める』場合の2つがあります。
現在進行形で不当な休職を命じられており復職ができない状況にあって復職を求めていく場合には『不当な休職の撤回を求める』ことが必要となり、そのあとで必要に応じて『不当な休職期間中の賃金を求める』ことがになると思われますが、過去に不当な休職を命じられていてその過去の休職期間中の賃金を求めていく場合には単に『不当な休職期間中の賃金を求める』ことになろうかと思われます。
なお、具体的な対処法としては以下の方法が考えられます。
(1)申入書(通知書)や請求書を送付する
会社が合理的でない休職を命じたり、合理的でない休職を命じられたため休職期間中の賃金を受け取れなかったような場合には、違法な休職命令の撤回を求める申入書(通知書)を送付したり、違法な休職期間中の賃金を支払うよう求める請求書を作成し「文書」という形で通知するのも一つの方法として有効です。
口頭で「違法な休職命令を撤回しろ」とか「違法な休職命令によって休まなければならなかった休業期間中の賃金を支払え」と要求しても会社側が応じない場合であっても、文書(書面)という形で改めて正式に請求すれば、雇い主側としても「なんか面倒なことになりそう」と考える可能性がありますし、内容証明郵便で送付すれば「裁判を起こされるんじゃないだろうか」というプレッシャーになりますので、改めて申入書(通知書)や請求書という文書で通知することもやってみる価値はあるでしょう。
なお、この場合の申入書(通知書・請求書)の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 病気や怪我を理由とした休職命令の撤回を求める申入書の記載例
▶ 不当な休職命令による休職期間中の賃金の支払いを求める請求書
(2)労働基準監督署に違法行為の是正申告を行う
使用者(会社※個人事業主も含む)が労働基準法に違反している場合には、労働者は労働基準監督署に対して違法行為の是正申告を行うことが可能で(労働基準法第104条第1項)、労働者から違法行為の是正申告が行われた場合には、労働基準監督署は必要に応じて臨検や調査を行うのが基本的な取り扱いとなっています(労働基準法101条ないし104条の2)。
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
この点、前述したような合理的でない休職を会社が命じたことにより休職期間中の賃金が支払われなかった場合には少なくとも使用者の責めに帰すべき理由による休業期間中の休業手当の支払を規定した労働基準法第26条の規定に違反するということになりますから(※違法な休職命令の場合に労働基準法26条に規定された平均賃金の60%の休業手当を支払えばよいという意味ではありません。違法な休職命令の場合はその休職期間中における平均賃金の100%の賃金を支払わなければなりませんが「少なくとも」労働基準法26条に違反しているという意味です)、違法な休職命令によって休職が命じられ、その休職期間中の賃金が支払われていないような場合はその会社は労働基準法違反ということになり、労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことが出来るということになります。
労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことによって監督署が会社に立入調査や臨検を行うことになれば、使用者側が休職命令に合理性がなかったことを認識し、その違法性を認めて不必要な休職期間中の賃金の支払に応じることもありますので、労働基準監督署に違法行為の是正申告をするというのも解決方法の一つとして有効であると思われます。
なお、この場合に労働基準監督署に提出する違法行為の是正申告書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 不当な休職命令による賃金未払いに関する労基署の申告書の記載例
ちなみに、労働基準法第26条に違反する使用者に対しては、労働基準法第120条により30万円以下の罰金に処せられることになっていますので(労働基準法第120条)、違法な休職命令を出して不必要な休職を命じる行為は犯罪ということになります。
(3)労働局に紛争解決の援助の申立を行う
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。
都道府県労働局長は(省略)個別労働関係紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。
この点、会社からその必要がないのに無理やり休職を命じられたり、合理的でない休職命令によって会社を休まないといけなくなりその休職期間中の賃金を受け取ることが出来なくなってしまった場合には、そのような違法な休職命令によって不利益を受けた労働者と事業主との間で”紛争”が発生しているということになりますから、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能となります。
労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、事業主側が労働局の指導等に従うようであれば、会社が違法な休職命令を撤回したり、違法な休職命令によって休職を余儀なくされた労働者の休職期間中の賃金を支払うことも期待できると思われます。
なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 必要性のない休職期間中の賃金請求に関する労働局の援助申立書
(4)弁護士または司法書士に依頼する
前述した申入書(通知書)や請求書を送付する方法や労働基準監督署に対する違法行為の是正申告、労働局に対する紛争解決援助の申立を行っても使用者が違法な休職命令を撤回しなかったり、違法な休職期間中の賃金を支払わないような場合には、弁護士や司法書士に依頼して示談交渉で休職命令の撤回や休職期間中の賃金の支払いを求めたり、裁判などを利用してこちらの正当性を訴えていくしかないでしょう。