給料や残業代の未払い、違法な解雇、パワハラ・セクハラなど、勤務先の会社で遭遇する可能性のある労働トラブルは様々なものがあります。
そして、これらの労働トラブルが話し合いでも解決しない場合には、裁判などに訴えて自分の主張を実現していくしかありません。
しかし、ここで問題となるのが弁護士などの相談する際に企業の内部情報を提供しなければならない場合です。
裁判を行う際は、弁護士などの法律専門家に依頼して代理人として申し立てを行うのが一般的ですが、労働トラブルの解決を依頼する場合にはそのトラブルの解決に必要な範囲で企業の内部情報を弁護士に提供しなければならないこともあるでしょう。
そして、その弁護士に提供する情報の中には場合によっては企業が外部に開示することを禁じている情報も含まれている可能性があります。
そのため、会社を訴えるつもりが、会社の機密情報(内部情報)を持ち出したことを理由に逆に会社から訴えられるという危険性も生じてしまう恐れがあります。
そこで今回は、会社を訴える際に企業の内部情報を企業外に持ち出すことはできるのか?といった問題について考えてみることにいたしましょう。
弁護士に企業の内部情報を開示することは秘密の漏えいにはあたらない
前述したとおり、弁護士などの法律専門家に労働トラブルの解決を依頼する場合は、そのトラブルの相手先となっている勤務先企業の内部情報を提供しなければならないことも少なからずあるでしょう。
たとえば、会社内でのイジメなどパワハラやモラハラの被害回復を弁護士に依頼する場合には、会社内での人事情報や顧客情報を弁護士に提供し、それを証拠として裁判が行われることもあるかもしれません。
しかし、会社の社内規則などでこれらの人事情報や顧客情報を外部に持ち出すことが禁止されている場合には、これらの情報を弁護士に提供すること自体が企業秘密の漏えいとして問題にされる可能性が生じます。
この点、過去の裁判例では、弁護士に弁護士法という法律によって守秘義務が課せられている(弁護士法23条)ことを理由に、弁護士への企業秘密の提供は企業秘密の漏えいには当たらないという趣旨の判断がなされているものがあります(メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件:東京地裁平成15年9月17日)。
また、別の裁判例でも、裁判で証拠として提出された企業の内部情報が記載された書面を労働委員会の委員が閲覧した事案につき、労働委員会の委員が労働組合法上の守秘義務を負っている(労働組合法23条)ことを理由に、情報漏えいには当たらないと判断されています(日産センチュリー証券懲戒解雇事件:東京地裁平成19年3月9日)
そのため、弁護士に裁判を依頼するために企業の内部情報を提供したり、裁判で使用するために企業の内部情報を持ち出すことは、企業の内部情報を提供する相手方が法律により守秘義務を負っている場合には、会社に対して損害を与える行為とはなりませんから、弁護士に内部情報を提供したり裁判で使用するために内部情報を持ち出したことを理由に会社から損害賠償を請求されたり、解雇されたりといったような不利益な処分を受けることはないといえるでしょう。
訴訟記録の閲覧制限の申立が必要な場合もある
ところで、裁判で提出された証拠は、訴訟記録として裁判所に保管されることになります。
そして、その訴訟記録は、誰でも閲覧することが可能となっていますから(民事訴訟法91条)、裁判で提出した証拠に企業の内部情報が含まれている場合には、企業秘密の情報漏えいとして会社から訴えられる可能性もあり得ます。
このような事態を防ぐためには、場合によっては訴訟記録の閲覧制限の申し立てをすることも必要でしょう(民事訴訟法92条)。
訴訟記録の閲覧制限の申立は、裁判の継続中に提出する証拠に他人に見られては困る情報(たとえば個人のプライバシーに関係する情報や企業秘密など)が記載されている場合に、その訴訟記録の閲覧を制限するよう裁判所に求める申立です。
訴訟記録の閲覧制限が認められれば、その認められた部分の訴訟記録については、訴訟の当事者以外閲覧することができなくなりますので、企業秘密の情報が漏えいすることにはならず、会社側から訴えられるリスクはなくなるでしょう。