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会社から自己負担で免許・資格を取れと命じられた場合

企業で働く際には、与えられた業務を遂行する上で様々な免許や資格が必要になることがあります。

このような場合、会社から免許や資格を取得するよう求められることがありますが、問題となるのはその仕事に必要となる免許や資格を労働者の自己負担で取得するように命じられた場合です。

免許や資格の種類によってはその取得に高額な費用が必要になる場合も有りますから、自腹で免許や資格を取らなければならないとすると労働者にとっては多大な経済的負担となりその不利益は重大といえます。

そこで今回は、使用者(会社・雇い主)が労働者(従業員)に対して免許や資格をその労働者の自己負担で取得することを命令することは認められるのか、また実際に会社から自腹で免許や資格をとるように命じられた場合の対処法について考えてみることにいたしましょう。

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使用者が労働者に教育訓練を命じることが出来るか

使用者(会社・雇い主)が労働者に自己負担で免許や資格を取るよう命令することが出来るのかという問題を考える前提として、そもそも使用者が労働者に対して教育訓練を命じることが出来るのか、という点を検討する必要があります。

なぜなら、使用者が労働者に対して教育訓練を命じる権利がないのであれば、その負担の有無にかかわらず労働者に対して「免許・資格を取れ」と命令すること自体法的根拠のない違法(無効)なものといえるからです。

この点の根拠を明確に規定した法律や判例は今のところありませんが、使用者と労働者の間で結ばれる労働契約(雇用契約)においては、使用者は労働者が提供する労働力をその契約の範囲内で最大限に利用することが出来ますから、その労働者の能力を高めるための教育訓練もその手段や方法が相当な範囲内にある限り認められるものと考えられます。

したがって、使用者が労働者に対して教育訓練の一環として特定の免許や資格を取るように命令することも、その手段や方法が相当な範囲にある限り有効と判断されるのではないかと思われます。

取得を命じることが出来る免許や資格は業務の遂行に関係するものに限られる

前述したように、使用者が労働者に対して教育訓練を命じることもその手段や方法が相当な範囲内にある限り認められると考えられますから、使用者が労働者に対して教育訓練の一環として特定の免許や資格を取ることを命じることも、その手段や方法が相当な範囲内である限り法律的に問題がないと考えられます。

しかし、だからと言ってどのような免許や資格であっても労働者に取得するように命令することが出来るというわけではありません。

使用者が労働者に対して教育訓練を命じる権利は、あくまでもその『使用者が労働契約によって取得する労働力の利用権から派生する(※菅野和夫著『労働法第8版』光文堂:404頁より引用)』ものであると考えられますから、使用者がその労働契約と直接関係のないような免許や資格を取得することを労働者に命令することは権利の濫用として違法(無効)になると考えられます。

たとえば、スキューバダイビングを趣味にしている運送会社の社長が従業員とスキューバに行きたいがために「ダイビングの免許を取れ」と命令したとしても、スキューバダイビングの免許は運送会社で勤務する労働者の職務と関係がないと判断されますから、労働者はそのような命令に従う義務はないといえます。

労働契約で合意していない限り費用の負担を強制させられる義務はない

前述したように、使用者が労働者に対して教育訓練を命じることもその手段や方法が相当な範囲内にある限り認められると考えられますから、使用者が労働者に対して教育訓練の一環として特定の免許や資格を取ることを命じることも、その免許や資格が業務に関係するものであり、その取得の手段や方法が相当な範囲内である限り法律的に問題がないと考えられます。

しかし、だからといってその免許や資格の取得費用を労働者に負担させても良いということにはなりません。

なぜなら、「免許・資格を取得すること」と「その取得費用をだれが負担するか」は法律的に全く別の問題と考えられるからです。

「免許・資格を取得すること」を命じる命令が法律的に問題がない場合であっても、それとは別個の問題である「費用の負担」について、会社が労働者に強制できるということにはならないのです。

前述したように、「免許・資格を取得すること」という教育訓練を命令する権利はあくまでも使用者と労働者の間で結ばれた「労働契約(雇用契約)」から派生される権利に過ぎませんから、その「労働契約(雇用契約)」であらかじめ「その取得費用は労働者が負担する」などと決められていない限り、使用者は労働者に対して「免許・資格の取得費用は自分で払え」と命令できる権利は派生されないでしょう。

そうであれば、たとえ会社から命じられる「免許(資格)を取れ」という職務命令が法律的に問題なかったとしても、その「免許や資格の取得費用」の負担についてあらかじめ労働契約(雇用契約)で予定されていないような場合には「労働者が免許や資格の取得費用を負担しなければならない」という義務も派生されないことになりますので、「その費用は労働者が自分で負担しろ」という職務命令は法律的な根拠のない命令ということになります。

そのため、仮に労働者が使用者(会社・雇い主)から「自己負担で免許・資格を取れ」と命令されたとしても、入社する際に労働契約(雇用契約)であらかじめその免許や資格の取得費用を負担するという合意をしていない限り、その取得費用については労働者が負担しなければならない義務はなく、たとえ使用者(会社・雇い主)から「自己負担で免許・資格を取れ」と命令されたとしても、自分の負担で免許や資格を取得する必要はないということになります。

なお、この場合に使用者(会社・雇い主)が具体的にどのような法律に違反するかが問題となりますが、「免許・資格の取得費用を労働者が負担する」という労働契約上の合意がなかったにもかかわらず「免許・資格の取得費用は労働者が負担しなければならない」と使用者側が一方的に労働契約を変更したという側面をとらえれば労働契約の変更には労働者の合意が必要と規定した労働契約法第3条1項に違反することになりますし、「自己負担で免許・資格を取得しろ」という労働契約法上の権限がないにもかかわらずそのような命令を強制しているという側面をとらえれば権利の濫用の禁止を規定した労働契約法第3条5項に違反することになろうかと思います。

【労働契約法第5条】
第1項 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
第2項~第4項(省略)
第5項 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

自己負担で免許・資格を取得しない労働者に対する不利益な処分は違法(無効)となる

前述したように、使用者が労働者に対して教育訓練の一環として特定の免許や資格を取ることを命じること自体はそれが相当な手段と範囲内にある限り差し支えありませんが、その費用の負担については全く別個の問題となりますので、労働契約(雇用契約)であらかじめ定めているか個別の労働者の合意がない限り、使用者が労働者に対して免許や資格の取得費用の自己負担を強制することはできません。

そのため、仮に会社から「自己負担で免許・資格を取れ」と命令された場合であってもそれを拒否して何ら問題はありませんから、その報復として使用者(会社・雇い主)が労働者に不利益を与えることは違法となります。

たとえば、運送会社に就職する際に「トラック運転手」や「トラックによる配送作業」などといった職種で労働契約を結んでいる労働者が会社から「大型免許を自己負担で取れ」と命じられたとしてもそれに従わなければいけない義務はありませんから、仮に免許の取得を拒否したことを理由に会社が減給や降格を命じたり、トラックによる配送業務とは別の業務に配置転換したりすることは問題があります。

この場合の労働者は「トラックを運転して荷物を配送する」という業務に従事することが出来ますので、仮に会社がいうように大型の免許を取得しなくても「トラック運転手」や「トラックによる配送作業」などといった職種で契約された労働契約(雇用契約)に違反することにはなりませんから、会社が労働者を不利益に扱う根拠はありません。

そのため、仮に会社の命令に従わず自己の負担で免許や資格を取得しなかったことを理由として会社が不利益な処分を下すようであればその会社は違法(無効)な処分ということになると考えられます。

自己負担で免許や資格を取得するよう命令された場合の対処法

前述したように、労働契約(雇用契約)で免許や資格を自己負担で取得することが合意されていない限り、使用者が労働者の同意(合意)を得ないで免許や資格の取得費用の負担を強制することはできません。

従って仮に使用者から自己負担で免許や資格を取得することに同意を求められても拒否をして何ら問題ありませんが、執拗に自己負担での取得を求められたり、自己負担で免許や資格を取得しないことを理由に不利益な処分を下されそうな場合には、以下のような方法を用いて対処していく必要があります。

(1)申入書を送付する

使用者(会社・雇い主)が自己負担で免許や資格を取得するよう命じることを止めない場合には、申入書を作成し使用者に送付してみるのも一つの方法として有効と考えられます。

口頭で「〇〇しろ」と要求して埒が明かない場合であっても、文書(書面)という形で改めて正式に抗議すれば、雇い主側としても「なんか面倒なことになりそう」と考えて免許や資格の取得を考え直したり、場合によっては使用者側で費用を負担するようになる可能性もありますから、改めて申入書(通知書)という形の文書で通知することもあながち無駄ではないと思われます。

なお、この場合に会社に通知する申入書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

▶ 自己負担での免許・資格の取得を撤回するよう求める申入書

(2)労働局に紛争解決の援助の申立を行う

全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。

この点、免許や資格の取得費用を自己負担しなければならない労働契約(雇用契約)上の義務がないにもかかわらず使用者から自己負担で免許や資格を取得するよう命令されている状況も、労働者と事業主との間で”紛争”が発生しているということになりますから、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能となります。

労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、事業主側が労働局の指導等に従うようであれば、会社側がそれまでの態度を改めて免許や資格の取得を強制することを改めたり、会社側の費用負担で免許や資格を取ることを認める可能性もあるでしょう。

なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にして下さい。

▶ 自己負担での免許・資格の取得の強要に関する労働局の申立書

(3)弁護士に相談する

上記のような方法をとっても使用者(会社・雇い主)が自己負担で免許や資格を取得するよう命じることを止めなかったり、自己負担で免許や資格を取得することを拒否したことを理由として不利益な待遇を与えられる恐れがある場合には、早めに弁護士に相談する方が良いでしょう。

前述したように、労働契約(雇用契約)で免許や資格を自己負担で取得することが合意されていない限り使用者が労働者の同意(合意)を得ないで免許や資格の取得費用の負担を強制することはできませんが、それを説明してもなお自己負担を強要して来る使用者は違法なことは十分承知のうえで命令していると思われますので、放置していても解決する見込みはないと思います。

そのため、そのような場合には早めに弁護士に相談し、示談交渉や裁判所における調停・訴訟といった手続きを利用して会社側の違法行為を止めさせるしかないのではないかと思われます。