一般的な会社では懲戒解雇がなされる事由として「暴行、脅迫、監禁その他これに類する行為を行ったとき」といったものを就業規則に挙げている場合が多いです。
これは、たとえば部下が気に入らない上司を殴ったり、同僚を脅迫して金銭を要求したりする場合が想定されますが、このような犯罪行為を行った場合には解雇されるということを意味しています。
ところで、使用者(会社・雇い主)が労働者(社員・従業員)を懲戒処分として解雇する場合には、その懲戒事由に「客観的に合理的な理由があり社会通念上相当」と認められる場合でなければ、その懲戒解雇は無効と判断されることになります(労働契約法15条)。
この「客観的に合理的な理由があり社会通念上相当」という言い回しは分かりづらいですが、簡単に言うと「『誰が聞いても解雇されて当然』というような理由がない限り解雇することはできない」というような意味になります。
この点、前述したような部下が気に入らない上司を殴ったり(暴行罪や傷害罪)、同僚を脅迫して金銭を要求したり(脅迫・強要罪や恐喝罪)する犯罪行為は会社の秩序を乱し損なうものと言えますから、「誰が聞いても解雇されて当然」ということも納得できるでしょう。
そのためこのような犯罪行為は「客観的に合理的な理由があり社会通念上相当」な理由があると考えられますので、そのような犯罪行為を行ったことを理由とした懲戒解雇も問題なく認められるでしょう。
しかし、このような犯罪行為を理由とした懲戒解雇が許されると言っても、その犯罪行為が行われた時期と、懲戒解雇される時期が長期間離れているような場合には、その懲戒解雇は無効と判断される場合があります。
犯罪行為から長期間経過後になされる懲戒処分が無効と判断される場合とは
例えば、何らかの理由で部下が上司を殴ってしまったとして、その暴行事件が発生した数か月以内に懲戒解雇されるような場合はその解雇に問題はないと考えられますが、その暴行事件が発生した当時は何ら懲戒処分が下されなかったのに、数年たってから突然「〇年前に暴行事件を起こしたのはけしからん、懲戒解雇する」といって解雇されるような場合は、その解雇は権利の濫用として無効と判断されることもあるでしょう。
なぜなら、就業規則に照らせば確実に懲戒解雇事由となる犯罪行為が行われているにもかかわらず、その処分を数年間も保留にしなければならない合理的な理由はありませんし、犯罪行為が行われてから数年が経過しているならその期間に応じて会社内での秩序も回復してるはずですので、犯罪行為が行われた当時に科されるはずであった「解雇」という重い処分を行う必要性も見当たりません。
そのため、犯罪発生から長期間が経過した後に、その犯罪行為を理由に懲戒解雇処分を行うことは、「誰が聞いても解雇されて当然」ということはできず「客観的に合理的な理由があり社会通念上相当」な理由があるとは言えないことになりますので、そのような長期間経過後の懲戒解雇処分は無効と判断される可能性が高いと言えます。
過去の裁判例でも、職場内で発生した暴行事件(警察に被害届を出すとともに検察に告訴状を提出したものの不起訴処分となった)から7年7か月が経過した後になされた諭旨退職処分(※注:実質的には懲戒解雇処分)と、職場内で発生した暴言・業務妨害などの犯罪行為から18か月経過後になされた諭旨退職処分(実質的には懲戒解雇処分)について、処分時点においてそのような重い処分を下さなければならない理由はないことから、その諭旨(懲戒)解雇処分は権利の濫用として無効と判断されています(ネスレ日本懲戒解雇事件・最高裁平成18年10月6日)。
諭旨退職処分とは、「あなたには〇〇という懲戒解雇の処分事由があるから退職願を提出しなさい、退職願を提出しないときは懲戒解雇処分になりますよ」と懲戒解雇事由があるものの任意での退職を迫るもので、懲戒解雇が強制的なものにであるのに対し、諭旨解雇が解雇される労働者が解雇を受け入れているところが異なりますが、労働トラブルの問題になる場合には実質的には懲戒解雇処分と同様の問題となります。
以上のように、犯罪行為を行ったことを理由に懲戒解雇される場合はあっても、その犯罪行為から長期間経過した後(判例では最低でも18か月以上)になされた処分については、権利の濫用として無効と判断される可能性が高いと言えます。
会社が犯罪行為から長期間経過後に懲戒処分を行う意図は、犯罪行為が行われた当時は「問題にするほどのことではない」と思っていたとしても、数年経ってからその従業員を何らかの理由で解雇したい場合に(たとえば業績不振でリストラが必要であるとか)、単なる理由づけとして過去の犯罪行為を持ち出す場合も多いと思われます。
そのため、このような不当な解雇処分を受けた場合には、その懲戒解雇処分が無効であることを主張し解雇の撤回を求めるか、早めに弁護士などの法律専門家に相談して裁判などを通じた解決策を考えていくことが解決への近道となるでしょう。