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試用期間(研修期間)経過後に給料を下げられた場合

正社員や契約社員だけに限らず、アルバイトやパートなどであっても本採用の前に一定の試用期間(研修期間)を設けている企業は多くあるようです。

このように採用の際に試用期間(研修期間)が設定されている場合には、採用面接の際に説明された賃金額などの労働条件がそのまま本採用後の労働条件となるのが通常ですが、悪質な会社では試用期間が経過した後になってから無断でまたは半ば強引に当初の説明よりも低い賃金に引き下げてしまうケースもあるようです。

たとえば、面接の際は時給1000円と説明を受けていたのに、試用期間が経過して本採用となる際に「試用期間中の君の働きぶりでは本採用するにしても時給は800円しか出せないよ」などと半ば強引に当初の説明よりも低い給料で働かせられるというようなケースです。

このような場合、試用期間を経過した労働者側としては「折角がんばって試用期間を働いたんだから」と考えて会社側の提示に不満があってもその提示された金額で本採用を受ける人も多いと思いますが、そのような労働者の弱みに付け込んで賃金の一方的な減額を行うことは会社側にあまりにも都合がよすぎますし不合理のようにも思えます。

そこで今回は、試用期間が経過した後に会社が給料を引き下げることは違法ではないのか、また試用期間が経過した後に会社から賃金の引下げに同意を迫られたり、賃金の引下げに同意しない場合は本採用しないと迫られた場合には具体的にどのような対処をすればよいのか、といった点について考えてみることにいたしましょう。

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そもそも「試用期間」とは?

使用期間が経過した後に会社から給料を引き下げられる問題を考える前提として、そもそも「試用期間」が法律上どのような意味を持つのかという点を理解しておく必要があります。

この点、試用期間の定義等については『試用期間が過ぎて解雇されたら?本採用拒否の問題点』のページで詳しく解説していますのでここでは詳述いたしませんが、過去の判例によると試用期間は法律上「解約権留保付きの雇用契約」であると理解されています(三菱樹脂事件:最高裁昭和48年12月12日)。

「解雇権留保付きの雇用契約」とは、簡単にいうと「試用期間が経過するまでの間に何らかの本採用を拒否する事由が発生した場合には会社側が一方的に本採用を拒否する権利が会社側に留保されている契約」というような労働契約のことをいいます。

もっとも、会社側が本採用を拒否する権利があるとはいっても「本採用の拒否」は労働者の側からしてみれば「解雇」と同じですから、仮に会社側が本採用したくないと思ってもすべての場合に本採用の拒否ができるわけではなく、本採用を拒否することについて「客観的合理的な理由」がありその理由に基づいて本採用を拒否することが「社会通念上相当」と認められる事情が無い限り、会社は本採用の拒否が出来ないものと考えられています(三菱樹脂事件:最高裁昭和48年12月12日)。

このように、試用期間の定められた雇用契約(労働契約)では、その試用期間が開始される時点ですでに使用者(会社)と労働者との間に「労働契約(雇用契約)」は有効に結ばれることになるものの、試用期間中に労働者において解雇されてもやむを得ないような「客観的合理的理由」が発生しその理由に基づいて解雇することが「社会通念上相当」といえる場合には使用者(会社)が本採用を拒否することが出来る、ということになります。

試用期間の前後で別個の雇用契約が結ばれるのではない

試用期間が定められた雇用契約は、前述したように過去の判例によると「解約権留保付きの雇用契約」であると理解されています(三菱樹脂事件:最高裁昭和48年12月12日)。

この点、試用期間が経過した時点でいったん「試用期間中の雇用契約」が終了し、試用期間経過後に新たに「本採用としての雇用契約」が結ばれる、と勘違いしている人が経営者の人の中にも多くいるようですがこれは必ずしも正しくありません。

試用期間の定められた雇用契約の場合、上記のように「解雇権留保付きの雇用契約」として使用期間が始まる時点ですでに「雇用契約」は成立しており、試用期間経過後に本採用が拒否されない限り試用期間経過後は単に「解雇権留保付きの雇用契約」で留保されていた「解雇権」が消滅するだけで「雇用契約」自体は元の「雇用契約」が継続することになると考えられます。

(※もちろん、試用期間が始まる前に「試用期間」と称して一定の契約期間で雇用することを契約し「その試用期間経過後」に新たに別個の雇用契約を結ぶ会社もあるかもしれませんが、そのような契約をしてしまうとそもそもその「試用期間」は法律的には試用期間ではなく「有期雇用契約の契約期間」と判断されると考えられますので、「有期雇用契約の契約期間」がいったん終了した後に別個の「雇用契約」が新たに結ばれると判断されて「試用期間」の議論にはならなくなると思われます。)

この点、試用期間経過後に「試用期間中の君の働きぶりでは本採用するにしても時給は800円しか出せないよ」などと言うような経営者はおそらく試用期間の定められた雇用契約を試用期間の前後で別個の契約が結ばれるものと勘違いしているのではないかと思われますので、そのように理解している人(特に経営者)は誤解しないようにしてもらいたいと思います(※このように考えた場合、その”試用期間”は試用期間ではなく単なる”有期雇用契約”と考えられますから「解約権」は留保されないことになるでしょう)。

例えば、契約期間が1年間で時給が1000円のアルバイトで試用期間が2週間の雇用契約の場合は試用期間が始まる時点ですでに「契約期間は1年」「試用期間は2週間」「時給は1000円」という「雇用契約」が結ばれていることになり、試用期間が経過するまでの間はその「雇用契約」に「解雇権」が「留保」されていますが、2週間の試用期間経過後に本採用の拒否がなされない場合にはその「雇用契約」から「留保」されていた「解雇権」が消滅し試用期間が始まる前に結ばれた「雇用契約」がそのまま継続することになるものと考えられます。

試用期間経過後に会社側が一方的に賃金を引き下げることはできない

前述したように「試用期間」が設定された労働契約(雇用契約)は「解雇権留保付きの雇用契約」と判断されることになりますが、ではその「試用期間」が経過した後に会社が本採用する際において、労働者の賃金を一方的に引き下げることは可能なのでしょうか?

「試用期間」が設定された労働契約(雇用契約)では、前述したように「客観的合理的理由」がありかつ「社会通念上の相当性」があれば労働者の本採用を一方的に拒否(解雇)することが出来るのですから、本採用の拒否(解雇)よりも労働者への影響が小さい「賃金の引下げ」も認められるように思えるため問題となります。

しかし、「試用期間」が設定された労働契約(雇用契約)は前述したように「解雇権留保付きの雇用契約」と解されますが、その文言のとおり「留保」されているのは「本採用の拒否」という実質的な「解雇権」であって、「賃金の引下げ」といったような「労働条件の変更権」ではありません。

また、試用期間の経過後に一方的に使用者(会社)が労働者の本採用を拒否(解雇)できるとはいっても、本採用の拒否がなされるまでは有効に雇用契約(労働契約)は成立しているわけであって試用期間の前後で別個の雇用契約が結ばれるわけではありませんから、会社側が「本採用の拒否」をしないで「賃金の引下げ」を行うとすればそれは「労働者の同意のない一方的な労働条件の変更」を行っているということになるでしょう。

しかし、労働契約法第3条1項では、使用者が労働者の労働条件を変更する場合には個別の労働者の同意(合意)を得ることが義務付けられていますし、労働契約法第8条においても労働条件の変更には使用者と労働者の合意が必要であると規定されていますので、「労働者の同意のない一方的な労働条件の変更」は無効といえますから、試用期間経過後に会社側が一方的に賃金を引き下げる行為も労働契約法第3条1項や労働契約法第8条に違反するといえ無効になるものと考えられます。

労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。(労働契約法第3条1項)
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。(労働契約法第8条)

これを具体的な例で例えると、たとえば時給1000円の雇用契約で試用期間が2週間と定められたような場合には、試用期間が始まる時点で「時給1000円」の雇用契約が成立していることになり会社側はこの「時給1000円」という労働条件に拘束されることになりますから、会社側が試用期間の2週間が経過した時点で本採用を拒否しない限り、会社はその労働者を「時給1000円」で雇用し続けなければならないことになります。

この場合、仮に会社が労働者の給料を「時給800円」にしたいのであればそれは「時給を1000円から800円に変更する」という労働条件の変更になりますので、労働契約法第3条1項および労働契約法第8条規定に基づいて労働者の同意(合意)が必要となり、労働者の同意がない限り時給を800円に引き下げることはできません。

そのため仮に会社が試用期間経過後に一方的に「君の能力では時給800円が妥当だから本採用後の時給は800円とする」と命令したとしても、そのような賃金の引下げは労働契約法第3条1項および労働契約法第8条違反する労働者の同意のない労働条件の変更として無効になると考えられます。

試用期間経過後の賃金の引き下げに同意しなければならない義務はない

前述したように、「試用期間」の定められた雇用契約(労働契約)は「解雇権留保付きの雇用契約」と判断され、試用期間の経過後に一方的に使用者(会社)が労働者の本採用を拒否(解雇)できるとはいっても本採用の拒否がなされるまでは有効に雇用契約(労働契約)は成立しているわけですから、本採用が拒否されない限り、その会社と労働者との間には試用期間が始まる時点で結ばれた雇用契約(労働契約)が継続していることになります。

そして、前述したように労働契約法第3条1項で労働条件の変更には労働者の個別の同意が必要とされていますから、仮に試用期間経過後に会社から「試用期間中の君の働きぶりでは本採用するにしても時給は800円しか出せないよ」などとしても、それに同意する必要はなく「最初に1000円で契約したんだから1000円払え」と請求できることになります。

この場合、会社が「800円に同意しないなら本採用しない」と言ってくるかもしれませんが、試用期間経過後の賃金の引下げに同意しないことを理由として会社が本採用を拒否することは認められません。

なぜなら、前述したように「本採用の拒否」は「解雇」と同様に考えられており、会社が本採用を拒否する場合には「客観的合理的理由」と「社会通念上相当な事情」が必要となりますが、労働者側に同意しなければならない義務が無い「試用期間経過後の賃金の引下げ」に同意しないことを理由として本採用を拒否しても「客観的合理的理由」と「社会通念上相当な事情」があったとは認められませんので、そのような本採用の拒否は解雇権を濫用した無効なものと判断されることになるからです。

試用期間経過後に賃金を引き下げられた又は賃金の引下げを求められた場合の対処法

以上のように、雇用契約(労働契約)で定められた試用期間が経過した後に会社側が一方的に賃金を引き下げることは違法であり認められませんが、悪質な会社によっては立場の弱い労働者に対して賃金の引下げを強要したり、賃金の引下げに同意しない労働者の本採用を拒否したりするケースもあるようです。

そのため、そのような場合には具体的に何らかの対処をしていくことが必要となります。

(1)申入書(通知書)を送付する

前述したように試用期間経過後に会社が一方的に賃金を引き下げることはできませんし、仮に一方的に賃金を引き下げられた場合には無効と判断されますから、そのような一方的な賃金の減額を拒否したり、当初契約したとおりの賃金(試用期間が始まる前に合意した賃金)を請求することが可能となります。

しかし、上記のような法律上の考え方を説明しても悪質な会社によっては納得してもらえない場合も有りますので、そのような場合には「賃金の引下げの撤回を求める申入書」や「引き下げられた差額部分の請求書」などを作成して「文書」という形で通知するのも一つの方法として有効です。

口頭で「違法な賃金引き下げを撤回しろ!」と要求して会社側が応じない場合であっても、文書(書面)という形で改めて通知すれば、雇い主側としても「なんか面倒なことになりそう」と考える可能性がありますし、内容証明郵便で送付すれば「裁判を起こされるんじゃないだろうか」というプレッシャーになりますので、「賃金引下の撤回を求める申入書」といったような申入書(通知書)の形で通知することもやってみる価値はあるでしょう。

なお、この場合に会社に通知する申入書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

▶ 試用期間経過後の賃金の引下げの撤回を求める申入書

試用期間後の賃金引下の拒否を理由とする本採用拒否の撤回申入書

(2)労働局に紛争解決援助の申立を行う

全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。

都道府県労働局長は(省略)個別労働関係紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)

この点、試用期間が経過した後に一方的に賃金を引き下げられたり、賃金の引下げに同意しないことを理由として本採用を拒否されたような場合には、そのような賃金の引下げによって不利益を受けている労働者と使用者(会社)との間で”紛争”が発生しているということになりますから、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能となります。

労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、会社側が労働局の指導等に従うようであれば、会社が違法な賃金の引下げや賃金の引下げに同意しないことを理由とした本採用の拒否を撤回することも期待できると思われます。

なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

▶ 試用期間満了後の賃金引下げに関する労働局の申立書の記載例

試用期間後の賃金引下不同意と本採用拒否に関する労働局の申立書

(3)弁護士など法律専門家に相談する

上記のような対処をしても会社が試用期間経過後の賃金の引下げを撤回しなかったり、賃金の引下げに同意しないことを理由として行った本採用の拒否を撤回しない場合には、弁護士などの法律専門家に相談するしかありません。

弁護士に依頼して示談交渉や裁判を行うとそれなりの費用が発生しますが、法律の素人が乏しい知識で交渉しても解決するのは難しいと思いますので、早めに弁護士に相談する方が無難です。