ブラック企業では、産前休暇(産休)や産後休暇(育児休業・育休)の申請を行ったり取得した労働者に対して給料を引き下げたりボーナス(賞与)をカットするなど不当な措置を行う事例が多くみられます。
しかし、産休や産後休暇(育児休業・育休)の取得は法律上労働者に認められた正当な権利ですから、その正当な権利を行使しただけなのに給料を引き下げられたり賞与をカットされるなどの不利益な処分を受けてしまうのはとても納得の出来る話ではないでしょう。
そこで今回は、産前休暇(産前休業・産休)や産後休暇(育児休業・育休)を取得したり、産休や育休の取得を申請したことを理由として給料や賞与の引下げなどの不当な労働条件の引下げを受けた場合の具体的な対処法などについて考えてみることにいたしましょう。
▶ 産休や育休の取得を理由に降格や配置転換を命じられた場合
また、そもそも産休や育休の取得が認められないような場合の対処法についてはこちらのページで解説していますので参考にしてください。
▶ 「産休(産前休暇)は取れない」といわれたら?
▶ 「育児休業(育児休暇)はとれない」と言われたら?
産休(産前休業)や育休(産後休暇・育児休業)の取得は法律上認められた権利
前述したように、ブラックな体質のある企業ではいまだに産休(産前休業)や育休(産後休暇・育児休業)を認めないところも多いようですが、産休や育休の取得は労働基準法で明確に認められていますので、産休や育休の取得は労働者に与えられた法律上の権利と言えます。
労働基準法の第65条の1項では、出産予定日からさかのぼって6週間以内の労働者が休業を申出た場合にはその労働者を働かせてはいけないことが明記されていますし、2項では出産後8週間から6週間を経過しない労働者を働かせてはならないことが明確に定められていますので、産休や育休を与えない会社は明らかな法律違反を犯していることになるのです(労働基準法第65条1項及び2項)。
第1項 使用者は、1週間(多胎妊娠の場合にあっては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
第2項 使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
第3項(省略)
なお、会社がこの労働基準法の第65条に違反して産休や育休を与えなかった場合には、その会社は6月以上の懲役または30万円以下の罰金に処せられることになり明らかな犯罪行為といえますので(労働基準法第119条)、その意味でも産休や育休を与えない会社いかに産休や育休を申請した労働者の権利を侵害し生まれてきた子供の生命を危険に陥れているかがわかるでしょう。
次の各号の一に該当する者は、これを6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
第1号(省略)第64条の3から第67条まで(省略)の規定に違反した者
第2~4号(省略)
産休や育休の申請をし又は取得したことを理由とした労働者に対する不利益な取り扱いは違法
前述したように、妊娠した労働者が産休や育休を取得することは法律上認められた労働者の正当な権利といえますから、労働者が産休や育休の取得を申し入れた場合には会社はそれを拒否できませんし、仮に拒否した場合には労働基準法第119条の規定により6月以上の懲役または30万円以下の罰金に処せられることになります。
では、産休や育休の申請をしたり、産休や育休を取得した労働者に対して給料の引下げや降格、配置転換などの不利益な処分を与えることは認められるのでしょうか?
前述した労働基準法では単に産休や育休を与えることが義務付けられているだけで、実際に産休や育休の申請や取得をした労働者に対して不利益な処分をすることが禁止されているわけではないので問題となります。
この点、確かに労働基準法には産休や育休の申請や取得をした労働者に対する不利益な処分を禁止する規定は存在しませんが、男女雇用機会均等法(※正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」)において産休や育休の申請や取得をした労働者に対して不利益な取り扱いをすることが明確に禁止されています(男女雇用機会均等法第9条3項)。
したがって、産休や育休の申請や取得をした労働者に対して会社が減給や降格など不利益な処分を行った場合にはその処分は違法なものといえますので無効と判断されることになります。
事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(省略)第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
なお、「給料の引下げ」や「賞与のカット」がこの男女雇用機会均等法第9条3項にいう「不利益な取り扱い」に含まれるかという点が問題になりますが、厚生労働省の指針(労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針第四-3-(2))によれば、男女雇用機会均等法第9条3項にいう「不利益な取り扱い」には「減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと。」も該当すると明確に解釈されていますので、産休や育休の申請申請をしたり実際に取得した労働者に対して賃金の引下げや賞与(ボーナス)をカット(金額の算定を低くしたりすることも含む)をすることは男女雇用機会均等法第9条3項に違反することになります。
産休や育休を申請し又は取得したことを理由として減給等された場合の対処法
前述したように、産休(産前休業)や育休(産後休暇・育児休業)の取得を申請したり、その取得をしたことを理由として会社が減給や賞与のカットその他降格などの不利益な取り扱いを行った場合、その不利益処分は違法なものとなり無効と判断されますが、悪質な会社によってはそのような違法性に斟酌せずに不当な不利益処分を行うこともありますので、そのような場合に具体的にどのような対処をとればよいかが問題となります。
(1)通知書(申入書)を送付する
産休(産前休業)や育休(産後休暇・育児休業)の取得を申請したり、その取得をしたことを理由として会社から減給や賞与のカットその他降格などの不利益な取り扱いを受けた場合には、その賃金や賞与の切り下げなどの不当な取り扱いが男女雇用機会均等法第9条3項に違反していることを説明した”通知書”を作成し会社に送付してみるのも一つの方法として有効と考えられます。
口頭で「産休(育休)の申請や取得を理由とした給料や賞与の引下げは違法だ!」と説明して埒が明かない場合であっても、文書(書面)という形で改めて正式に通知すれば、企業側が「なんか面倒なことになりそう」と考えてその不当な取り扱いを撤回するかもしれませんし、内容証明郵便で送付すれば「裁判を起こされるんじゃないだろうか」というプレッシャーを与えることが出来ますので、改めて通知書という形の文書で通知することも一定の効果があると思われます。
なお、この場合に会社に送付する通知書(申入書)の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 産休や育休を理由とした給料等の引下げの撤回を求める申入書
(2)労働局に紛争解決の援助の申立を行う
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した男女雇用機会均等法に関する紛争を解決するため、当事者からの申立により「必要な助言」や「指導」「勧告」などを行ったり、「調停」を行うことが可能です(男女雇用機会均等法第16条ないし18条)。
都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告をすることができる。
都道府県労働局長は、第十六条に規定する紛争(省略)について、当該紛争の当事者(省略)の双方又は一方から調停の申請があった場合において当該紛争の解決のために必要があると認めるときは、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第六条第一項の紛争調整委員会(省略)に調停を行わせるものとする
この点、産休(産前休業)や育休(産後休暇・育児休業)の取得を申請したり、その取得をしたことを理由として会社から減給や賞与のカットその他降格などの不利益な取り扱いを受けた場合についても、「産休(育休)の申請や取得を理由とした給料や賞与の引下げは違法だ!」と主張する労働者と会社(使用者)との間に”紛争”が発生しているということになりますので、労働局に対して紛争解決援助の申立(又は調停)を行うことが可能になると考えられます。
労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から「必要な助言」や「指導」「勧告」がなされたり、調停の手続きを利用する場合は紛争解決に向けた調停案が提示されることになりますので、会社側が労働局の指導や勧告に従うようであれば、会社側がそれまでの態度を改めて違法な給料・賞与の引下げなどを撤回する可能性も期待できるでしょう。
なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 産休や育休を理由とした給料等の引下げに関する労働局の申立書
(3)ADR(裁判外紛争解決手続)を利用する
ADRとは「Alternative Dispute Resolution」の略省で、弁護士や司法書士などの法律専門家が紛争の当事者の間に立ち、中立的な立場で両者の話し合いを促す調停のような手続のことをいいます。
当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、弁護士や司法書士といった法律専門家が間に入ることにより違法な解決策が提示される心配がないという利点があり、裁判とは異なるため裁判費用や弁護士に依頼する弁護士報酬なども発生しないことから費用的に安価な費用で問題解決が図れるのも大きなメリットといえます。
もちろん、ADRの調停役になる弁護士や司法書士、社会保険労務士に支払う費用が発生しますが通常は数千円~数万円程度ほどしかかかりませんので、裁判を行う場合より格段に安い費用で収まることが多いので経済的な負担はそれほど感じないでしょう。
また、今後も勤務し続ける会社との間で発生した紛争など、あまり事を荒立てたくない一面を持っている問題については、「単なる話し合いの場」の提供に過ぎないADRという手続を利用するメリットは比較的高いと思われます。
ADRは裁判所の手続きとは異なり強制力はありませんから会社側がADRに応じない場合には手続きを進めることはできませんが、会社側が話し合いに応じるような状況である場合には、会社側が弁護士などの法律専門家の助言に従って不当な減給やボーナスのカットなど報復措置を撤回する可能性もありますので利用を検討してみるのも良いのではないでしょうか。
なお、ADRの利用はADRを主催している各弁護士会や司法書士会、社会保険労務士会に連絡すると詳細を教えてくれると思います。
弁護士会…日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:紛争解決センター
司法書士会…日本司法書士会連合会 | 話し合いによる法律トラブルの解決(ADR)
(4)弁護士などに依頼し裁判や調停を行う
上記のような手段を用いても解決しなかったり、最初から裁判所の手続きを利用したいと思うような場合には弁護士に依頼して裁判を提起したり調停を申し立てるしかないでしょう。
弁護士に依頼するとそれなりの費用が必要ですが、法律の素人が中途半端な知識で交渉しても自分が不利になるだけの場合も有りますので、早めに弁護士に相談することも事案によっては必要になるかと思われます。