会社がリストラを行う際に、従業員をだまして退職を勧めたり、社員を脅迫して退職を強要する事例があります。
もしこのような状況に陥った場合、自分の意思に反して退職届を提出してしまうことも考えられますが、このような退職が認められてしまうとなると、労働者の側としては理不尽な結果となってしまいます。
そこで今回は、騙されたり脅迫されたりして提出してしまった退職届(退職願)を撤回することはできないのか、という問題について考えてみることにいたしましょう。
騙されたり、脅されたりして行った意思表示は無効または取り消すことができる
だまされて何らかの意思表示を行った場合には「錯誤」や「詐欺」として、また脅迫されて意思表示を行った場合には「脅迫」による意思表示を無効として、無効とし、または取り消すことができます。
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
(※「錯誤」という法律行為は説明するのが少々難しいですが、たとえば「ネットショッピングで赤のコートを買ったつもりが、サイトの不備で茶色のコートが表示されていたため茶色のコートを購入してしまった」というような、勘違いで行う意思表示をいいます。)
そのため「騙されて退職届を提出した」り「脅されて退職届を提出した」ような場合には、「錯誤」を理由にその提出した退職届が無効であると主張したり、「詐欺」や「脅迫」を理由としてその提出した退職届を取り消すことが可能です。
錯誤・詐欺又は強迫による退職届の具体例
錯誤・詐欺や脅迫による退職届の具体的な例としては、次のようなものが挙げられます。
・懲戒事由が発生していないのに、懲戒事由が発生していると信じ込まされて退職届を提出した場合
※学校法人徳心学園事件(横浜地裁平成7年11月8日)、※昭和電線電纜事件(横浜地裁川崎支部平成16年5月28日)
・「うちの会社では女子は結婚したら退職することになっている」と説得されて退職届を提出した場合
※山一証券結婚退職事件(名古屋地裁昭和45年8月26日)
・希望退職者制度に応募すれば退職金が支給されるとの説明を受けて退職届を提出したのに退職金が支給されなかった場合
・営業所の一室で懲戒解雇事由に該当することを理由に大声で退職届を出すよう迫られた場合
※石見交通事件(松江地裁益田支部昭和44年11月18日)
・長時間(裁判例では12時間)に渡って一室内で退職を迫られた場合
※旭光学事件(東京地裁昭和42年12月20日)
だまされたり、脅されたりして退職届を提出した場合の対処法
前述したとおり、上司などからだまされたり、脅迫を受けたりして退職届を提出した場合には、その退職届を無効にしたり、取り消したりすることが可能となります。
退職を取り消す通知書を送付する
この退職届を無効にしたり、取り消したりする方法としては、退職を取り消す(または無効にする)旨を記載した通知書を会社に送付するのが一般的です。
通知書には、錯誤を理由として無効にする場合は「…提出した退職届は錯誤により無効ですので撤回します」と、詐欺や脅迫による取消を行う場合は「…提出した退職届は詐欺により取消します」や「…提出した退職届は脅迫により取消します」と記載しておけばよいでしょう。
もっとも、「錯誤」と「詐欺」の違いは微妙なところがありますので、だまされて退職届を提出した場合は「…提出した退職届は錯誤により無効、または詐欺により取消します」などと記載しておけばよいと思います。
なお、会社側から「取消の(または無効の)通知書は受け取っていない」と主張されることを防ぐため、会社に通知書が確実に到達していることが証明できるよう、内容証明郵便で送付することが必要でしょう。
会社側が退職届の撤回・取り消しに応じない場合の対処法
会社に退職届の無効・撤回・取り消し通知書を送付しても会社側が応じない場合には、何らかの法的な対処を考えなければならないでしょう。
その場合の具体的な対処法としては、次の2つが考えられます。
労働局に紛争解決の援助の申し立てをする
各都道府県に設置された労働局では、労働者と事業主の間で紛争が生じた場合に、当事者の一方から援助の申立があった場合にはその解決のために助言や指導を行うことができます。
≫詐欺・脅迫等による退職の撤回取消の労働局への援助申立書記載例
勤務先の会社からだまされたり脅迫されて退職届を提出したことを理由に退職届の撤回・取消を求めたにもかかわらず、会社側が退職の撤回または取り消しに応じない場合も、「労働者と事業主の間で”退職の撤回又は取り消し”に関して紛争が生じている」ということができますから、「会社が退職の撤回(又は取り消し)に応じないんで何とかしてください!」と労働局に援助の申立をすることが可能となります。
また、この援助申立による助言や指導によっても解決しない場合には、労働局に対して紛争解決の”あっせん(裁判所の調停のようなもの)”を求めることもできますので、会社側が退職届の撤回・取消に応じない場合には、まず労働局に”援助の申立”を行い、それでも解決しない場合には労働局に”あっせん”の申し立てをするというのが問題解決のオーソドックスな手順となるでしょう。
な、これらの労働局に対する”援助の申立”や”あっせん”の申立は「無料」で利用できますし、手続の方法は最寄りの労働局で親切に教えてもらえますので、厚労省のサイトで最寄りの労働局を調べて相談に行ってみるのも良いでしょう。
弁護士や司法書士といった法律専門家に相談する
労働局に対する”援助の申立”や”あっせん”の申立を行っても会社側が退職届の撤回や取り消しに応じない場合には、裁判所における訴訟や民事調停を利用して問題解決を図るほかないでしょう。
裁判や調停は自分で行うことも可能ですが、労働トラブルの問題は法律的に難しい部類の裁判となりますから、弁護士や司法書士に依頼して適切なアドバイスをもらうのが安全かつ適切な対処法だと思います。
なお、裁判以外にも、弁護士会や司法書士会等が主催するADR(裁判外紛争解決手続)と呼ばれる調停を利用することもできますので、裁判所での手続きに抵抗がある人も弁護士や司法書士といった法律専門家に相談することでより良い解決策が得られる可能性があります。
弁護士や司法書士に相談する場合は基本的に費用が発生することになりますが、法律的に適切な対応をしたい場合にはこれら法律専門家に相談することを考える方が安全でしょう。