賃金の減額や休日の削減など労働条件の切り下げは、労働者の同意がない限り無効となります。
しかし、悪質な会社によっては(というか、現実にはそんなに悪質な会社でなくても)労働者に対して同意することを強制する場合もあるでしょう。
たとえば
「来月から給料を10,000円下げるけどいいよな?」とか
「同意しないならクビにするけどいいの?」とかいったように
労働者側が会社の言いなりにならざるを得ない状況に追い込んで、労働条件の切り下げに同意させる事例が存在します。
このように、雇い主が無理やり労働条件の切り下げを迫ってくる場合、どのような対応をとれば良いか、不安に感じている人も多いことでしょう。
そこで今回は、使用者(会社・雇い主)が給料の引下げ(労働条件の切り下げ)に同意するよう無理やり迫ってきた場合の対処法などについて考えてみることにいたしましょう。
納得できない限り同意してはいけない
まず、基本は自分が納得できない限り同意しないことが重要です。
『「給料を下げる」と言われたら?(同意なき労働条件の変更)』のページでも説明したとおり、労働条件の切り下げは同意がない限り無効となりますので、自分が納得できない限り絶対に同意してはいけません。
同意しなければならない義務はない
会社や上司から同意するよう迫られた場合であっても、これに同意しなければならない義務はありません。
なので、同意しなくても法的に問題になったりすることはありませんので、堂々と同意を拒否しても問題ないのです。
即答を避け、いったん持ち帰るのがベター
また、会社や上司から労働条件の切り下げに同意するよう求められた場合であっても、すぐその場で回答しなければならないという義務もありません。
なので、上司などに同意するよう迫られた場合は
「念のため親に相談してから回答させてください」とか
「妻に内緒で承諾すると後で喧嘩になりそうですので、一応、妻に報告してから回答させていただきます」
などと言葉をにごし、いったん自宅に持ち帰ってから冷静に考えて回答するようにしましょう。
できれば、回答を保留した状態で弁護士や司法書士、社会保険労務士といった法律専門家のもとへ相談に行き、上司から告知された労働条件の切り下げに法律的な問題がないか確認しておくことをお勧めします。
回答する前に弁護士などの助言を受けていれば、後々トラブルになった場合に被害を最小限に抑えたり、自分に有利に話し合いを持って行くことができると思いますので、即答を避けて法律専門家に相談するのが最善と言えるでしょう。
「無視」するのは得策ではない
労働者の同意のない労働条件の切り下げは無効と言えますが、だからと言って、使用者から労働条件の切り下げを提案された場合に、それを無視するのはあまり得策とは言えません。
なぜなら、労働条件の切り下げの提案を受けた際に「Yes」とも「No」とも回答しないで無言を貫いていると、後になってから「何も言わなかったので黙認していると思った」と、会社側の主張を正当化する反論の口実として利用されてしまう恐れがあるからです。
もちろん、明確な返答をしなかったからといって黙認したということにはなりませんが、会社側に有利な状況を作るのは極力避ける方が無難だと思いますので、あいまいな態度をとるのは得策とは言えないでしょう。
そのため、労働条件の切り下げを提示された場合には、はっきりと「給料の引下げには同意できません。」と意思表示をすることが必要ですし、執拗に同意を迫られるようであれば、「給料の引下げには同意できないこと」および「引下げに同意を迫る行為を止めさせること」を求める通知書(申入書)を作成し書面の形で意思表示しておくことも必要になるでしょう。
▶ 給料引下げへの同意を拒否する通知書・申入書【ひな型・書式】
書面という形で申し入れを行っておくことで、後日裁判などになった際に「給料の引下げを拒否した」という事実を証明することが容易になりますので、証拠づくりのために文書で通知しておくことことも考えた方が良いでしょう。
賃金引き下げに同意するよう執拗に迫られる場合
悪質なブラック企業では、賃金の引下げに同意できない旨の意思表示をしているにも関わらず、執拗に賃金引き下げに同意するよう求め続ける場合があります。
そのような場合にはそのままにしておいても解決しないと思われますので、労働局に援助の申立を行ったり、ADR(裁判外紛争解決手続)を利用したり、弁護士などの法律専門家に相談するなど第三者に介入してもらいながら解決を図るほかないと思われます。
(1)労働局に紛争解決援助の申立をする場合
各都道府県に設置された労働局では、労働者と事業主の間に紛争が生じた場合に当事者の一方からの申立があれば助言や指導を行うことが可能です。
この労働局における紛争解決援助の申立は、誰でも無料で利用することができますので、会社が執拗に賃金引下げに同意するよう求め続けるという”紛争”についても労働局に援助の申立を行うことができます。
労働局からの助言や指導が出されれば、まともな会社であればそれに従うのが一般的ですので労働局への申立によって会社が賃金の引下げを強要する行為を止めさせることが期待できるでしょう。
なお、労働局への援助申立は通常申立書を提出して行いますが、申立書の書き方がわからないという人はこちらのページを参考にしてください。
▶ 賃金引下げの同意を迫られる場合の労働局の援助申立書の記載例
(2)弁護士会などが主催するADRを利用する
ADRとは裁判外紛争処理手続のことをいい、弁護士などの法律専門家が紛争の当事者の間に立って中立的立場で話し合いを促す調停のような手続きになります。
当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、法律の専門家が間に入ることによって要点の絞られた話し合いが可能となり違法な解決策が提示されることがないといったメリットがありますから、会社が執拗に賃金引き下げに同意を迫っているような場合もADRを利用することによって会社の姿勢が改善される可能性があります。
なお、裁判所の行う調停よりも少ない費用(調停役になる弁護士などに支払うADR費用、通常は数千円~数万円)で利用することができるため、経済的な負担をそれほど感じないという利点もあります。
ADRの利用については各弁護士会や司法書士会、社会保険労務士会に問い合わせれば詳しく教えてくれると思いますので、興味がある人は電話で聞いてみると良いかもしれません。
弁護士会…日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:紛争解決センター
司法書士会…日本司法書士会連合会 | 話し合いによる法律トラブルの解決(ADR)
(4)弁護士などの法律専門家に相談する
労働局への援助の申し立てやADRを利用しても解決しない場合には、弁護士などの法律専門家に相談するしかありません(もちろん自分で裁判を起こしても構いませんが・・・)。
弁護士などの法律専門家に代理人となって介入してもらえば会社が賃金の引下げを強要することもなくなるかもしれませんし、仮に会社に強要されて賃金の引下げに同意してしまったり、同意しないことで解雇や減給など不利益な処分を受けた場合であっても通常の民事訴訟や労働審判、調停手続などを利用して権利の回復が可能となりますので、早めに弁護士などに相談しておくと迅速な解決が望めるかもしれません。
「同意しないと解雇する」と言われた場合
悪質な会社によっては、労働条件の切り下げに同意しないでいると
「同意しないなら解雇します」
と解雇をちらつかせて無理やり同意するように迫ることもあります。
しかし、このような場合も、絶対に同意してはいけません。
賃金の切り下げなど労働条件の切り下げに同意しなければ解雇するという会社の主張は、「整理解雇」を条件として提示していることになります。
しかし、この整理解雇は、整理解雇の4要件(人員削減の必要性・解雇回避努力義務・人選の合理性・説明義務)を満たしている場合に初めて認められるものであり、多くの場合は解雇権の濫用として無効になる性質ものです。
そのため、会社の言うとおり解雇されたとしても、その解雇が法的に認められる場合は少ないと考えられますので、「解雇」をちらつかせて労働条件の切り下げを提示された場合であっても、同意する必要はないでしょう。
もっとも、それが違法であっても、労働条件の切り下げに同意せず解雇されることもありますので、このような場合には前述した対応方法のように、即答を避けていったん持ち帰り、弁護士などの法律専門家に相談して具体的な対応方法を考える方が良いでしょう。