メーカー勤務のサラリーマンが営業職から工場勤務に変更になったり、建設会社で経理事務をしている社員が現場に配属されたり、職務内容の変更(配転・配置転換)は多くの企業で見られることと思います。
この配転において、会社が職務内容の変更があったことを理由に賃金の減額を行うことがあります。
たとえば、営業職から工場勤務に配転がなされた場合に、
「営業職の月給は40万円だが工場勤務の社員は月給30万円となっている。だから君の給料も来月から30万円にするよ」
といった具合に、職務内容によって賃金の基準が異なるからという理由で賃金の引き下げが行われるケースなどが代表的な事例として挙げられるでしょう。
しかし、このような配転に基づく賃金の引き下げが自由に認められるとすれば、労働者の合意を得ることなく賃金の引き下げなど労働条件の不利益な変更ができることとなり、理不尽なことになってしまいます。
そこで、ここでは職務内容の変更など(配転)を理由とする賃金の引き下げは有効かという問題について考えてみることにいたしましょう。
まず、配転(職務内容の変更)自体の有効性を考える
配置転換(配転)に伴って賃金(給料)が引き下げられる問題を考える前提として、まず会社が配転を命じることができるのか、という点を考える必要があります。
なぜなら、会社が配転を理由に賃金を引き下げている場合には、配転自体が法的に有効でない限り、その配転の効果として発生する賃金の引下げも無効と考えることができるからです。
この点、使用者(会社・雇い主)が行う社内での配置転換(配転)や職務内容の変更は、基本的に使用者の裁量権の範囲内のものと考えられますから、仮に労働者の同意なく職務内容の変更を指示したり、配置転換を命じたとしても、そのこと自体が直ちに違法と判断されるわけではありません。
しかし、会社と取り交わした労働契約(雇用契約)書で従事する職務の内容や勤務する場所(勤務地)が特定の職種や地域に限定されている場合は、その限定された職種や場所以外への配置転換(転勤・職種の変更)は労働者の同意が必要となりますから、そのような職種や勤務地が限定されている労働契約の場合には労働者の個別の同意がない限り、配転命令は違法(無効)となります。
このように、職種や勤務地が限定されている場合には、会社が個別の同意を取ることなく一方的に配転を命じること自体がそもそも違法となりますから、そのように職種や勤務地が限定されている場合には会社に対して配転命令自体が違法(無効)であると主張していくことが可能といえます。
「配転」と「賃金」は別個の問題
前述したように、労働契約(雇用契約)によって職種内容や勤務地が限定されていない場合には、職務内容や勤務地の変更(配転)も使用者の裁量権の範囲内と考えられますから、会社は職種や勤務地が限定されていない従業員に対して自由に配転命令をすることも可能ということになります。
しかし、だからといって、配転の命令が有効であれば賃金の変更も可能という話にはなりません。
なぜなら、配転は「仕事の内容や勤務地をどうするか」の話であり、賃金は「労働に対する対価をいくらにするか」の話であって、2つはまったく別個のものであり、法的にも全く関連性がないものとして扱われるからです。
これは、配転後の職種の他の従業員と同等の賃金額に減額された場合であっても同様で、配転と賃金は全く別の問題ですから、配転が命じられた労働者は、仮に配転に応じる義務があった場合であっても、賃金については従前の(今までの)給料と同額の金額を会社に対して請求することが可能となります。
過去の裁判例でも、使用者が労働者に配置転換を命じたうえで配置転換後の給与を配置転換後の部署の他の従業員と同額の賃金に一方的に引き下げたことから配置転換後の賃金の引下げに労働者の同意が必要かが問題になった事案で、配置転換と賃金とは法律上別個の問題であるから、仮に配置転換が有効であり配置転換した労働者が従前より低賃金に相当する労働に従事するに至ったとしても、配置転換後の賃金は従前の労働契約が適用され、労働者の同意のない賃金の減額は違法と判断されたものがあります(デイエファイ西友事件:東京地裁平成9年1月24日)。
配置転換を理由とした賃金の切り下げは「労働者の同意」もしくは「就業規則の定め」が無い限り無効
前述したように、配置転換(配点・職務内容の変更)と賃金の変更とはまったく別個の問題ですから、配置転換で職務内容に変更が生じたことは、賃金を切り下げることの根拠とはなりえません。
そのため、配置転換に伴って労働者の賃金を引き下げることは次にあげる場合を除いて無効となります。
① 労働者から配置転換に基づく賃金の引き下げにつき同意を得ている場合
配置転換が行われた場合に、その配置転換に伴って給与が引き下げられることを使用者(会社・雇い主)が労働者に告知し、配置転換を命じられた労働者がその賃金の引下げに応じている場合には、その配置転換に伴う賃金の引下げは有効となります。
そのため、配置転換に伴う賃金の引下げに応じたくない場合には、たとえ配置転換が法律的に有効で配置転換の辞令を拒否できない場合であっても、給与の減額については明確に拒否することが大切です。
前述したように、従事する業務がどこになるかという配転の問題と、労働の対価として受け取る給与がいくらになるかという点については全く別個の問題ですから、たとえ配転後に従事する業務が従前の業務より低額な賃金が相当とされるような業務であり、配転後の業務に従事している他の従業員との間で賃金に差が出るような場合であったとしても、配転前における従前の給与の支払いを求めることが可能ですので注意するようにしてください。
② 就業規則に職務内容に応じて賃金が変更される旨の規定がある場合
就業規則に「職務内容に応じて賃金が変更される」というような規定がある場合は、たとえ配置転換に伴う賃金の引下げに応じていなかったとしても、配置転換に伴う賃金の引下げは有効となるのが通常です。
たとえば、就業規則に従業員の等級が定められており、その等級が職種や賃金と連動していて職種が変更すれば等級も変更し、それにともなって賃金も変更するような規定がある場合には、その就業規則が有効である限り、配転に伴う賃金の引下げも有効となります。
ただし、就業規則に職種に応じた等級賃金が規定されている場合であっても、その等級賃金制につき弾力的な運用がなされているなどの事情がある場合(※たとえば「AさんとBさんは同じ〇等級だけどAさんの給与は〇万円、Bさんの給与は△万円になっていた」などと就業規則に記載されている等級どおりに賃金が連動していない事例があるような場合)には、仮に就業規則に職務内容に応じた賃金の規定が存在したとしても、配置転換に基づく賃金の引き下げが無効と判断される場合もありますので注意が必要です(東京アメリカンクラブ事件・東京地裁平成11年11月16日)。
そのため、就業規則に等級が定められていて、配置転換に伴って等級に変動があり賃金が引き下げられたような場合には、過去に等級が変更しても賃金に変更がなかった従業員がいなかったかや、等級が同じでも賃金が異なる人がいなかったかなど、実際の等級賃金制の運用状況を確認することも必要と考えられます。
仮に等級に基づいた賃金の支給が弾力的に運用されていたような場合には、たとえ就業規則に職務内容に応じて等級が決定し賃金が変更される旨の規定がある場合であっても、配置転換に伴う賃金の引下げが無効と判断できる場合もありますので、「就業規則に等級の規定があるから配転による賃金の引下げは仕方ない」と安易に判断しないようにする必要があるでしょう。
配置転換を理由に給料が引き下げられた場合の対処法
以上のように、配置転換を受けたことにより給料が引き下げられたとしても、その引下げに同意していなかったり、就業規則に配転と賃金が連動するというような規定がされていない場合(または就業規則に配転と賃金が連動するような規定があったとしてもその規定が弾力的に運用されているような場合)は、その賃金の引き下げは無効と考えられます。
仮に賃金の引き下げをともなう配置転換を受けた場合には、安易に賃金の引き下げに同意するべきではありませんが。賃金の引き下げに同意するよう会社から迫られたり、同意しなければ不利益が及ぼされるような場合には、次のような方法で対処していくことも考えておく必要があります。
(1)労働局の紛争解決援助の申立を利用する
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です。
この点、会社が配置転換に基づいて一方的に賃金を引き下げた場合にも、労働者と事業主(会社)との間に”紛争”が発生しているということになりますから、その解決のための”助言”や”指導”、”あっせん”の申立を労働局に申し立てることが可能となります。
なお、この場合に労働局に提出する申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 配置転換に伴う賃金引下げに関する労働局の援助申立書の記載例
もっとも、労働局の援助申立の手続きに強制力はありませんので、仮に会社が労働局への援助申立に応じた場合でも、労働局から出される”助言”や”指導”、”あっせん”の解決案などに会社が応じない場合には、弁護士などを雇って裁判をするしかないかもしれません。
ちなみに、労働局の紛争解決援助の申立は無料です。
(2)弁護士会などの主催するADRを利用する
ADRとは「Alternative Dispute Resolution(裁判外紛争処理手続)」の略省で、弁護士など法律の専門家が紛争の当事者の間に立ち、中立的な立場で両者の話し合いを促す調停のような手続きのことをいいます。
当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、当事者以外の第三者が間に入ることによって冷静な話し合いができるとともに要点の絞られた議論ができますし、弁護士など法律の専門家が関与することによって法律的に正当な解決策が提示される安心な面もあります。
また、裁判とは異なるため裁判費用や弁護士に依頼する弁護士報酬なども発生しませんので(ただし、間に立つ弁護士などの法律専門家に対して数千円~数万円の手数料が必要となる)、安価な費用で問題解決が図れるのが最大のメリットです。
配置転換に起因する問題は、解決後もその会社で働き続けることが前提となるのが一般的ですから、配置転換に伴う賃金の引下げを撤回しない会社側と裁判で言い争いをするのは会社との関係性で溝を作ってしまい、その後の勤務にも少なからず影響が出てくる懸念があります。
しかし、ADRは裁判と異なり、あくまでも「当事者間の話し合いの場に弁護士などの第三者が同席する」という体裁で行われる手続ですので、あまり事を荒立てたくない一面を持っている労働関係の問題については、ADRという裁判外の手続を利用することも考えてみる必要があると思います。
ただし、このADR手続きは裁判などと異なり強制力はありませんので、ADRの相手方がADRの参加を拒否する場合には利用できませんので注意が必要です。
なお、ADRの詳細については主催している各地の弁護士会や司法書士会に問い合わせれば丁寧に教えてくれると思います。
(3)弁護士に依頼して裁判や調停などを利用する
上記のような方法を利用しても会社が賃金の引下げを撤回しない場合には、弁護士に依頼して裁判や調停などの手続きで問題解決を図る必要もあるかもしれません。
賃金については2年で時効となり、2年以上経過したものについては請求が困難になりますので、早めに弁護士などの法律専門家に相談することが賢明な選択と言えるでしょう。