労働者を雇い入れた使用者(雇い主)には、労働契約法や労働安全衛生法でその雇用している労働者の健康や安全を確保できるよう必要な配慮をすることが求められています(労働契約法第5条、労働安全衛生法第3条第1項)。
そのため、労働者が病気や怪我の影響で従来の就労が困難になり休職を求めてきた場合にはその病気や怪我が回復するまで休職を与えなければなりませんし、労働者が病気や怪我をしているのに無理をして出勤しようとする場合には使用者側が労働者に対してその病気や怪我が回復するまで休職することを一方的に命じることもその休職命令が合理的な範囲である限り認められることになります。
なお、この点については『インフルエンザで上司に休めと言われたら休まないといけない?』のページで詳細に解説していますので興味のある方はそちらを参考にしてください。
ところで、ここで問題となるのは、休職が必要となるような怪我や病気が「治癒した」とは具体的にどういう状態のことをいうのか、という点です。
病気や怪我が「治癒した」という状態は、ゲームなどで使用される”HP”のように数値で客観的に表示できるものではありませんので、労働者の側が「治った」「回復した」と考えていても、使用者側から「その程度では治ったとはいえない」「その状態では回復したとは認められない」と判断されることは十分想定されます。
このような場合どのような問題が生じるかというと、例えば人員削減を目論んでいる会社が、労働者が病気や怪我をしたことを幸いに労働者に休職を命じ、労働者の病気や怪我が完治した後に就労を求めているにもかかわらず、「いやまだ治っていないから復職は認めない」とか「その状態までしか回復しないのでは復職は無理だから退職してください」などと主張して復職を認めず退職に追い込むというような不当なリストラに利用されることも考えられるのです。
そこで今回は、使用者(会社・雇い主)と労働者の関係で、病気や怪我が「治癒した(治った、回復したなど)」とは具体的にどのような状態をいうのか、という点について考えてみることにいたしましょう。
労働法上の「治癒」とは?
労働者の病気や怪我が「治癒」した状態を具体的に定義した法律はありませんので、どのような状態が「治癒した」と言えるのかという点については個々の事案によってケースバイケースで判断されることになります。
この点、過去の裁判例では、休職した労働者の病気や怪我が「治癒」したとは、特段の事情がない限り「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したとき」をいうと判断されていますので(平仙レース事件:浦和地裁昭和40年12月16日)、この「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」と言えるかどうかが「治癒」の状態を考える上での一定の基準になると考えられます。
「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したとき」をどのように判断するか?
前述したように、仕事に復職できるかを判断するうえでの「治癒」については「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」といえるかという点で判断されることになります。
この点、個別の案件で「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」をどのように判断すればよいのか、が問題となりますが、一般的には医師の診断書などで判断するしかないと考えられます。
医師に依頼すれば診断書を作成してもらえますが(ただし1通当たり5000円程度の実費が必要となる)、その診断書に「治癒した」と判断できる記載がされているのであれば、使用者側はその労働者の復職を拒否することが出来ないのが基本的な取り扱いとなるでしょう。
たとえば、労働者がインフルエンザに罹患した場合には他の労働者への感染拡大を防ぐため会社が労働者に休職を命じることも必要な範囲で合理的と考えられますが、数日の休職ののち「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した」と認められるような記載のある医師の診断書が労働者から提出されている場合には、たとえ会社の就業規則などでインフルエンザの場合には数週間の休職が定められている場合であったとしても、会社はその労働者に休職を強制することはできず、その労働者が復職を希望する限り復職を認める義務があると考えられます。
医師の診断書で「治癒した」と認められない場合でも、会社が復職を拒否できない場合もある
前述したように、医師の診断書によって治癒した(従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した)ということが判断される場合には、会社側はその労働者が復職を希望する限りその労働者を従前の業務に復職させなければならない義務を負っているということになります。
しかし、使用者(会社・雇い主)側が労働者の復職を拒否できないのは、何も「治癒した」と判断できる場合だけではありません。
医師の診断によって「治癒した(従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した)」と判断できない場合であっても、使用者側が労働者の復職を拒否できない場合も有り得ます。
なぜなら、労働契約(雇用契約)で職種が限定されていない場合には、使用者側はその労働者が従前の職務に復すことが出来ない状況になったとしても、他の職種を与えなければならない義務を負っているからです。
たとえば、立って作業することが必須となるような工場勤務の労働者が怪我をして車椅子の利用が不可欠な後遺症が残った場合を例にとると、この労働者が当初の労働契約(雇用契約)で「工場での現場作業」という職種に限定されて採用されている場合には、その労働者は「職種が限定されている」ということが出来ますから、その工場勤務という職種について「従前の職務を通常の程度に行える健康状態を復した」といういわゆる「治癒した」とは言えないため、使用者側が復職を拒否することも基本天気に認められると考えられます。
しかし、この労働者が就職する際に「工場での現場作業」という職種に限定されずに採用されていた場合(例えば一般職で採用されたものの会社側の判断でたまたま配属先が工場の現場になった場合など)であれば、仮にその労働者が「治癒した(従前の職務を通常の程度に行える健康状態を復した)」といえる状況に回復していない場合であっても、会社側はその労働者に工場での現場作業以外の職種(車椅子でも就労できるような事務作業など)を提供しなければならない義務を負っているということができますから、会社側はその「治癒していない」労働者の復職を拒否することはできないということになるでしょう。
このように、休職後の労働者が復職できるか否かは「治癒した(従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した)」といえるかという点が重要な判断基準となりますが、個々の労働契約(雇用契約)によっては必ずしも「治癒」したか否かが復職の判断基準にならない場合も有りますので注意が必要です。
なお、この点の論点についてはこちらのページでも解説していますので参考にしてください。
会社から診断書の提出を求められた場合は診断書を提出しなければならないか?
前述したように、休職中の労働者が「治癒した(従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復した)」と認定できるか否かは、医師の診断書を用いて判断するのが一般的です。
そのため、会社が復職を認めない場合には医師に診断書を書いてもらいその診断書を会社に提示して復職を認めるよう交渉することは正当な行為と言えますし、逆に会社が復職を希望する労働者に対して診断書の提出を求めその診断書によって復職を認めるかいないかを判断することも合理的な行為であると考えられます。
この場合、復職を希望している労働者が会社側から診断書の提出を求められ、診断書の提出がない限り復職を認めないと言われた場合に、労働者が診断書を提出しなければならないのか(労働者は復職するために医師の診断書を提出しなければならないのか)という点が問題になりますが、このような場合には労働者は会社の指示どおり医師の診断書を提出しなければならない義務があると考えられます。
過去の裁判例でも、使用者が労働者が就労できるか否か判断するために労働者に診断書の提出を求めることも合理的であって労働者もその診断書の提出に協力する義務を負っていることから特段の理由がないのに医師の診断書を提出しない等の労働者を解雇することにも合理的な理由があるという判断がなされた事例がありますので(大建工業事件:大阪地裁平成15年4月16日)、復職に際して会社から診断書の提出を求められた場合には素直に提出した方が良いのではないかと思われます。