残業や休日出勤など、労働者が所定労働時間を越えて働いた場合には、時間外手当が支払われなければなりません(労働基準法36・37条)。
使用者が、第33条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。(但書省略)。
しかし、これには例外があり、「監督もしくは管理の地位にある者」については、たとえ残業や休日出勤をした場合であっても時間外手当を支払う必要はありません(労働基準法41条)。
この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
第1号(省略)
第2号 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
第3号(省略)
多くの会社では、この「監督もしくは管理の地位にある者」を「管理職」と理解し、「管理職には残業代が付かない」と社内規定で定めているところが多いようですが、この「監督もしくは管理の地位にある者」を一般的な課長や部長などの「管理職」ととらえて残業代を支払わないということは違法とならないのでしょうか?
悪質な会社では、多くの平社員に対して部下を一人もつけないにもかかわらず、課長やグループリーダーなどといった肩書を与え、「お前は管理職だから残業代は付かないぞ」といって長時間働かせるといった事例も見受けられることから問題となります。
そこで、今回は「管理職」に残業代は支払わないという会社の主張は違法とならないのかという問題について考えてみることにいたしましょう。
「監督もしくは管理の地位にある者」とは?
労働基準法41条に規定される「監督もしくは管理の地位にある者」とは、
「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者」
をいうと解されています(神代学園ミューズ音楽院事件・最高裁平成17年3月30日、日本マクドナルド事件:東京地裁平成20年1月28日)。
そして、労働者がこの「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者」に当てはまるかどうかは、「課長」や「部長」といった一般的な呼び方ではなく、その労働者の職務内容や権限、勤務態様や処遇などによって総合的に判断されることになります(昭和63年3月14日基発150号)。
ア)職務内容に重要な責任と権限がある
まず、管理監督者としての地位があるというためには、その労働者の職務内容に重要な責任と権限が与えられている必要があります。
「経営者と一体的な立場」にあるというからには、経営者からその従事している職務に重要な責任と権限が委ねられていなければならないのです。
職務に重要な「責任」と「権限」のうち代表的なものは、人事の裁量権が挙げられます。
たとえばファミレスやコンビニの店長の場合、その店舗で採用するアルバイトの合否や解雇の権限、従業員の出退勤時間の管理などにつき、自由な裁量権が与えられていなければ労働基準法のいう「管理監督者」には含まれないということになります。
店長や工場長に任命されていても、その店舗や工場で働く従業員の採用や解雇、労働時間の変更などを自分の判断で行うことができず、本社や上司の指示に従わなければならない場合は、重要な責任と権限が委ねられているとはいえず「経営者と一体的立場にある者」には該当しないと考えられます。
したがって、たとえ「店長」や「工場長」といった役職が付いていたとしても、労働基準法第41条にいう「監督もしくは管理の地位にある者」には当てはまらないことになりますので、このように「店長」や「工場長」などという役職者についても会社は一般の労働者と同様に残業代(時間外手当)を支払わなければなりませんし、そのような役職者は会社に対して残業代の支払を請求することができるということになります。
イ)勤務態様に自由な裁量権がある
また、管理監督者であるというためには、勤務態様にも自由な裁量権が与えられていなければなりません。
「勤務態様」とは、何時に出社して何時に帰宅するといった勤務時間の態様を指します。
「経営者と一体的な立場」にあるというからには、一般の従業員と同様に「9時~17時まで」などと勤務時間が指定されているのではなく、何時に出社して何時に退社するかなどの勤務時間帯の管理は自分の裁量に任せられている必要があるでしょう。
経営上の判断は、会社が指定する「9時~17時まで」などといった勤務時間内で処理できるものではなく、その「経営者と一体的な立場」にある者が自分の裁量で判断し対応するべきものといえるからです。
そのため、勤務時間帯の裁量が与えられておらず、労働時間について会社から指定されている場合には、労働基準法にいう「管理監督者」には当たらないと判断できますので、このような場合にはたとえ「課長」や「部長」の役職が付いている場合であっても、会社に対して残業代の支払を請求できることになります。
ウ)その地位にふさわしい処遇・待遇がなされている
さらに、労働基準法の「管理監督者」というためには、その与えられた地位に対してふさわしい処遇や待遇が与えられていることが必要です。
「経営者と一体的な立場」にあり「重要な責任と権限」を与えられていることが必要なのですから、当然ながら一般の従業員よりも、その賃金やその他の待遇などについてそれ相応の処遇が与えられていなければ、労働基準法にいう「管理監督者」には該当しないといえます。
たとえば、一般の従業員と同程度の賃金しかもらっていなかったり、一般の従業員よりは多い給料であっても時間外労働の時間を含めて計算すればアルバイトなどと同程度の時給になってしまうなど、「管理監督者」の地位にふさわしい処遇が与えられていない場合は労働基準法に言う「管理監督者」には該当せず、会社に対して残業代の請求をすることができると判断されるでしょう。
※「課長」「部長」「店長」「工場長」だからという理由で残業代を払わないのは違法
以上のように、「管理監督者」であることを理由に残業代を支払わないということが認められるのは、その管理監督者が経営者と一体的な立場にあると判断されるような勤務態様や処遇を受けている場合に限られます。
そのため、多くの会社が行っている「課長や部長、店長や工場長には残業代は付かない」といった取り決めは、違法と判断されることがほとんどと言えるでしょう。
なぜなら、一般的な会社では「課長」「部長」「店長」「工場長」といった役職者に従業員の採用や解雇などの人事権を与えたり、勤務時間を自由に任せているといったことはないからです。
仮に「課長」「部長」「店長」「工場長」といった地位が与えられた場合であっても、上記のような権限や裁量権を与えられている場合はほぼないと考えられますから、多くの会社ではこれらの管理職の立場にあっても、会社に対して残業代(時間外手当)を支払えと請求できると考えて間違いないでしょう。
管理職の地位にあることを理由に残業代が支払われない場合の対処法
以上のように、たとえ部長や課長、店長や工場長などの管理職の地位にある場合であっても、そのほとんどはいわゆる「名ばかり管理職」に過ぎませんから、会社は残業や休日出勤などの時間外労働に関する割増賃金を支払わなければなりません。
そのため、仮に会社から残業代などが支払われていない場合には、会社に対して残業代を支払えと請求することが可能ですが、このようないわゆる「名ばかり管理職」問題を引き起こしているような会社は素直に残業代を支払うことは稀ですので、以下のような方法を利用して会社に請求することが必要になるでしょう。
(1)残業代の請求書(申入書)を送付する
会社が管理職に就いていることを理由に残業代や休日出勤手当を支払わない場合は、時間外労働の割増賃金を支払うよう求める申入書(請求書)を作成して会社に対して送付するのも一つの方法として有効です。
▶ 管理職に残業代が支払われない場合の請求書【ひな形・書式】
話し合いに応じない会社であっても、”文書”という形で請求されると「なんかやばそうだな」と考えて残業代を支払うようになるかもしれませんし、会社に送付する書面を内容証明郵便などで送付しておけば、後で裁判などになった場合などに証拠として利用することができるため、証拠づくりという意味でも有効な対処方法となるでしょう。
(2)労働基準監督署に違法行為の是正申告を行う
労働基準監督署では、労働基準法に違反する行為を行っている会社があることの申告を受けた場合には、その会社に対して臨検や調査、告発などを行うことが可能です。
この点、前述したように一般的な会社で呼ばれている課長や部長、店長や工場長などの地位は、いわゆる「名ばかり管理職」に過ぎず、労働基準法第41条の「監督もしくは管理の地位にある者」という適用除外規定には該当しないため、原則どおり残業代を支払わなければなりませんから、そのような「名ばかり管理職」に残業代を支払っていない会社は時間外労働の割増賃金の支払いを規定した労働基準法の第37条に違反することになります。
そのため、仮に管理職の地位に就いていることを理由に残業代を支給されていない場合には、労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことが可能となります。
労働基準監督署が違法行為の是正申告に対して臨検や調査を行うようであれば、まともな会社であれば監督署の指示に従って残業代を支払うようになると思われますので、労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うのも一つの解決方法として有効でしょう。
なお、この場合に労働基準監督署に提出する違法行為の是正申告書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
(3)労働局に紛争解決援助の申立を行う
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に何らかの紛争が発生した場合には、その一方からの申立によって紛争解決に向けた”助言”や”指導”、あっせん(裁判所における調停のようなもの)に基づく”解決案”などを提示することができます。
この点、本来であれば残業や休日出勤などの時間外手当が支払われなければならないにもかかわらず、管理職という地位にあることを理由に支払われないという状況も、会社(事業主)と労働者との間に”紛争”が発生しているということができますから、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能となります。
労働局に紛争解決援助の申立を行い、労働局から出される助言や指導、解決案に会社側が従うようであれば、会社がそれまでの態度を改めて残業代を支払うようになるかもしれませんので、労働局に紛争解決援助の申立を行うというのも解決方法の一つとして有効でしょう。
ちなみに、労働局の紛争解決援助の申立は無料となっていますので、経済的な余裕がない人も安心して利用できると思います。
もっとも、裁判とは異なり、労働局の助言や指導、解決案に強制力はありませんから、会社側が労働局の指導などに応じない場合には、後述するように弁護士などに依頼して裁判を行うほかありませんので注意してください。
なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助の申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 管理職に残業代が支払われない場合の労働局の申立書の記載例
(4)ADR(裁判外紛争解決手続)を利用する
ADRとは裁判外紛争処理手続のことをいい、弁護士などの法律専門家が紛争の当事者の間に立って中立的立場で話し合いを促す裁判所の調停のような手続きです。
当事者同士での話し合いで解決しないような問題でも、法律の専門家が間に入ることによって要点の絞られた話し合いが可能となることや、専門家が間に入ることで違法な解決策が提示されることがないといったメリットがあります。
会社が管理職という地位に就いていることを根拠に残業代を支払わないという問題もADRを利用して話し合いをもつことで会社側が姿勢を改善し、残業代を支払うようになるかもしれません。
なお、ADRは裁判所の調停よりも少ない費用(調停役になる弁護士などに支払うADR費用、通常は数千円~数万円)で利用することができるため、経済的な負担をそれほど感じないというメリットもあります。
なお、ADRの利用方法は主催する最寄りの各弁護士会などに問い合わせれば詳しく教えてくれると思いますので、興味がある人は電話で聞いてみると良いでしょう。
弁護士会…日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:紛争解決センター
司法書士会…日本司法書士会連合会 | 話し合いによる法律トラブルの解決(ADR)
(5)弁護士などの法律専門家に相談する
当事者同士での話し合いで解決しなかったり、労働基準監督署への申告や労働局への申立でも解決しない場合には、弁護士などに相談して訴訟や労働審判などの裁判手続きを利用して解決することも考える必要があります。
弁護士などに依頼すると報酬が発生しますが、長時間のタダ働きを強いられているというのであれば、弁護士に依頼するメリットは大きいのではないかと思います。