会社に対する不満が爆発し「こんな会社辞めてやる!!」といきり立って退職願を提出したものの、冷静になって考えてみると、「退職届なんて出さなければよかった・・・」と後悔した・・・というような経験はないでしょうか?
このような場合、会社と話し合って退職を取り消してもらえれば問題ありませんが、会社が退職届の撤回を認めてくれない場合には、後ろ髪ひかれる思いで渋々会社を退職しなければならないこともあるかもしれません。
そこで今回は、いったん出してしまった退職届を撤回することはできないのか?という問題について考えてみることにいたしましょう。
会社に提出した退職届の効力が発生する時期
まず、退職届の撤回ができるかを考える前に、そもそも会社に提出した退職届が正式に効力を発生するのはいつかということを考えなければなりません。
これは、提出した退職届が効力を生じ正式に「退職」の効果が発生した場合には会社の同意がない限り退職届の撤回はできないと思われますが、退職の効果が発生する前であれば、会社の同意がなくても一方的に退職届の撤回ができると考えられるからです。
この点、会社に提出した退職届の効力が発生するのは、一般的には会社側がその退職届に承諾の意思表示をした時点であると考えられています。
これは、使用者(会社・雇い主)側からしてみれば、通常は労働者(社員・従業員)が退職したいと申し出ることを予想していないと考えられますので、労働者から退職願が出された時点で自動的に退職の効果を認めるのは相当と言えないからです。
労働者から退職届が出され、それに使用者が承諾を与えた時点で初めて退職の効果を発生させるほうが、使用者と労働者双方の意思に合致すると考えられるでしょう。
したがって、会社に退職届を提出した場合であっても、その退職届に対して会社側が承諾の意思表示をするまでは退職の効力は発生していないといえますから、会社が承諾をするまでの間は労働者の側で一方的に退職届を撤回することができると考えられます。
過去の裁判例でも、労働者が行った退職届の撤回の是非が争われた事案では、一般的に提出される退職届は労働契約の合意解約の申込であるから、会社側の承諾の意思表示によって退職の効果が発生するという趣旨の判断が下されています。
参考判例:昭和自動車事件(福岡高裁昭和53年8月9日)
参考判例:全自交広島タクシー支部事件(広島地裁昭和60年4月25日)
他のサイトやブログで、「退職を願い出る際に会社に提出する書類に「退職願」と書いた場合は撤回することができるが「退職届」と書いた場合は撤回できない」といった記述がみられますが、これは明らかに間違った情報です。
上記の裁判例(全自交広島タクシー事件)でも、退職の意思表示は「労働者が使用者の同意を得なくても辞めるとの強い意志を有している場合を除き、合意解約の申し込みであると解するのが相当」と判示されていますから、退職の意思表示を撤回できるか否かは、その労働者に「使用者の同意がなくても退職する」という強い意志があるか否かといった点で判断されるにすぎません。
この裁判例では、退職の意思表示をする際に提出した書類に「退職願」と記載したか「退職届」と記載したかを判断基準とはしていませんし、裁判はそのような単なる文字の違いといった形式的な判断基準ではなく、実質的な点を考慮しますから、退職の意思表示をする書類に「退職願」と書いておこうが「退職届」や「辞表」と記載しておこうが、「使用者の同意がなくても退職する」という強い意志がない限り、退職の意思表示(退職届・退職願)を撤回することは可能です。
ちなみに、仮に裁判になったとしても、退職の意思表示をした労働者に「使用者の同意がなくても退職するという強い意志」があったということを証明しなければならないのは会社側であり、会社側がそれを証拠によって証明するのは極めて困難ですから、退職の意思表示の撤回が認めらない事例は極めてまれなケースといってよいでしょう。
≫”退職届”と”退職願”は違う?同じ?退職の撤回の問題点
退職届に会社側の承諾があったか否かの判断基準
前述したとおり、一般的に会社に提出されている「退職届」や「退職願」は、会社に提出した後であっても会社がその退職届に「承諾の意思表示」をする前であれば、労働者が一方的にその退職届を撤回することができることになります。
それでは、提出した退職届に対して会社側が「承諾の意思表示」をしているか否かは何を基準として判断できるのでしょうか?
(1)「退職届を受理する権限を有する者」が「退職届を受け取った時点」で承諾の意思表示があったと判断される場合
通常は、退職届を受領する権限の有る者が退職届を受け取った時点で「会社が退職に承諾した」とみなされるため、退職届の受領権限のある者が受領した後には労働者の側から一方的に退職を撤回することはできません(退職の撤回には会社の同意が必要となる)。
この点、どのような役職を持つ者が「退職届の受領(承諾)権限がある」と判断されるかが問題となりますが、過去の裁判例では『人事部長』や『工場長』について退職届に対する承諾の権限があるとされる一方、『常務取締役観光部長』には退職届への承諾決定権がないと判断されるなど、個々の事例で異なっていますので注意が必要です。
「人事部長」に退職届の受領(承諾)決定権が「ある」と認定され退職届の一方的な撤回が「できない」と判断された事例
「工場長」に退職届の受領(承諾)決定権が「ある」と認定され退職届の一方的な撤回が「できない」と判断された事例
「常務取締役観光部長」に退職届の受領(承諾)決定権が「ない」と認定され退職届の一方的な撤回が「できる」と判断された事例
もっとも、この結論はあくまでのこれらの裁判例の事案では退職届の受領権限があった又はなかったと判断されただけであって、「人事部長」や「工場長」であれば全ての会社で退職届の受領権限が「ある」と判断されるわけではありませんし、「常務取締役」という役職名が冠してあってもすべての会社で退職届の受領権限が「ない」と判断されるわけではありません。
会社によっては「人事部長」や「工場長」であっても退職届の受領権限が「ない」と判断されて退職届の撤回が認められる可能性はありますし、「常務取締役」であっても退職届の受領権限が「ある」と判断されて退職届の撤回が認められない可能性はありますので誤解のないようにしてください。
(2)「退職届の受理に一定の手続が必要とされている場合」に「その手続きが行われた時点」で承諾の意思表示があったと判断される場合
就業規則などで退職届(退職願)の受理に一定の手続きが必要とされている場合は、その手続きが行われた時点をもって「会社が退職届に承諾の意思表示をした」と判断されることになります。
たとえば、希望退職者制度への応募(退職届の提出)について募集要項に「退職確定日を決定した後に合意書を作成して手続き完了となる」などと記載されている場合には、その合意書が作成された時点で退職の効力が発生するということになります。
したがって、このような場合には、退職の確定日の記載された合意書が作成されるまでの間は、労働者の方から一方的に退職届の撤回ができると考えられます。
参考判例:ピー・アンド・ジー明石工場事件(大阪高裁平成16年3月30日)
退職届を撤回したい場合の具体的な方法
前述したように、いったん退職届を会社に提出した場合であっても、退職届を受理する権限を有している役職者まで到達していなかったり、退職届の受理に必要な手続きがなされていない状況であれば、通常は会社側の同意がなくても労働者の方から一方的に退職届の撤回ができると考えられます。
しかし、悪質な会社によっては退職届(退職願)の撤回が有効になされているにもかかわらず、退職届(退職願)の撤回を認めない場合も有りますので以下のような方法を用いて対処することも考える必要があります。
▶ 退職届を撤回したことを理由に減給や降格させられた場合の対処法
(1)とりあえず「退職届の撤回通知書」を提出しておく
前述したように、提出した退職届(退職願)が受理権限を有する者まで到達していなかったり退職に必要な手続きが終了していないような場合には、会社の承諾を得ることなく労働者側の一方的な意思表示によって自由にその退職届(退職願)を撤回することが可能です。
しかし、退職届(退職願)の撤回を申し入れているにもかかわらず会社側がそれを拒否して時間が経過してしまうと、その間に会社側が提出された退職届(退職願)を受理権限のある役職者まで到達させたり、退職の効力発生に必要な手続きを済ませてしまう恐れがあり、仮にそうなってしまった場合には退職届(退職願)の提出による労働契約の合意解約の申込みの意思表示に会社側が承諾の意思表示をしたことになってしまい退職の効果が確定的に発生してしまいます。
退職の効果が確定的に発生してしまうと、会社側が「退職の効果は生じてしまったから退職を撤回するなら再就職という取り扱いになって平社員の給料からスタートするよ」と反論して来ることも予想され、そうなると労働者側が退職の撤回が有効になされていることを主張することが難しくなってしまいますから、そのような会社側の行為を防止する必要があります。
そのため、このような場合にはとりあえず「退職届の撤回通知書」を作成し、書面という形で会社に提出しておくほうが無難です。
退職届(退職願)を撤回したいと思い立った時点ですぐに「退職届の撤回通知書」を提出しておけば、少なくともその時点以降に会社側が提出された退職届(退職願)を受理権限のある役職者まで到達させたり、退職の効力発生に必要な手続きを済ませてしまったとしても退職届(退職願)の撤回の効力は有効に発生することになりますから、会社側が退職届(退職願)に対する承諾の意思表示を発生させることを阻止することができます。
なお、「退職届の撤回通知書」という”書面”で提出する理由は、後日裁判になった場合に証拠として利用する必要があるからです。
口頭で「退職届を撤回します」と言ったとしても「言った」「言わない」の水掛け論になってしまいますから、「退職届(退職願)の撤回」は「退職届の撤回通知書」という形の書面で行うようにするとともに、可能な限り普通郵便ではなく内容証明郵便で送付する必要があるでしょう。
なお、この場合に会社に送付する退職届の撤回通知書の記載例はこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
(2)労働局に紛争解決の援助申立を行う
全国に設置された労働局では事業主と労働者の間に紛争が発生した場合には、当事者の一方からの申立があれば、その解決のための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のようなもの)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条ないし第5条)。
この点、仮に退職の撤回を申し出たにもかかわらず会社側が撤回に応じないような場合についても、会社と労働者の間に”紛争”が発生したということができますので、労働局に対して会社が退職届の撤回に応じるよう”助言”や”指導”、”あっせん”を申立てることが可能となります。
会社が労働局の”助言”や”指導”、”あっせん”による解決案に従うようであれば、会社が退職届(退職願)の撤回に応じるように態度を変化させることもありますので、労働局に紛争解決の援助申立を行うことによって問題解決が図れる場合もあるでしょう。
ただし、この労働局の紛争解決援助の申立は無料で利用することができますが、裁判とは異なり強制力はありませんので、会社側が労働局の指導などに従わない場合は、後述する裁判などで解決を図るほかありませんので注意が必要です。
なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
(3)弁護士など法律専門家に相談する
会社に対して「退職届の撤回通知書」しても、会社が退職の撤回を認めない場合は、弁護士などの法律専門家に相談して退職の撤回が認められる余地がないか検討する必要があるでしょう。
会社側が「退職の効力は生じている」と主張する場合であっても、前述したとおり事案によっては退職届に必要な会社側の承諾が行われていない場合もあり得ます。
そのため、会社側が撤回を認めなくてもあきらめず、法律専門家に事情を説明し、過去の裁判例と照らし合わせて退職の撤回ができないか検討してみることが重要です。