『仕事上のミスで罰金を給料から差し引かれた(減給)場合』のページで解説したように、就業規則に「故意または過失により使用者に損害を与えたとき」といった懲戒事由や「減給(罰金)」という懲戒処分の種類及び程度が明確に定められている場合には、使用者(会社)が仕事上のミスを犯して損害を発生させた労働者に対して「減給(罰金)」の懲戒処分を命じ、その労働者の給料から一定の金額を差し引くことも認められることになります。
しかし、仮にそのような就業規則の定めがあったとしても、その就業規則の定めに従って懲戒処分としての減給(罰金)を命じることに「客観的合理的な理由」がなかったり「社会通念上の相当性」も認められないような場合には、その減給(罰金)の懲戒処分は権利を濫用するものとして無効と判断されることになりますから、「減給(罰金)」の処分を命じられた労働者は給料から差し引かれた金額の返還を求めることが可能です。
また、仮に仕事上のミスを理由に懲戒処分として命じられた「減給(罰金)」に「客観的合理的な理由」や「社会通念上の相当性」が認められる場合であっても、労働基準法で認められた減給(罰金)の上限金額を超える金額が給料から差し引かれた場合にはその上限を超える部分についての返還を求めることも可能となります。
もっとも、このような法律上の解釈が理解できたとしても、実際に仕事上のミスを理由として「減給(罰金)」の懲戒処分を受けた場合に具体的にどのような対処法をとればよいかといった点を理解しておかなければ、不当に給料から差し引かれた金額の返還を求めることは困難となります。
そこで今回は、本来は「減給(罰金)」の懲戒処分として給料から一定の金額を差し引くことが認められないケースであるにもかかわらず、会社から仕事上のミスを理由として給料から一定の金額を差し引かれた場合には具体的にどのような対処をとればよいか、といった点について考えてみることにいたしましょう。
仕事上のミスを理由に懲戒処分としての減給(罰金)を命じられた場合の対処法
先ほど述べたように、仮に仕事上のミスで会社に損害を与えてしまった場合であっても、そのことを理由に「減給(罰金)」の懲戒処分を命じることに「客観的合理的な理由」がなかったり「社会通念上の相当性」がないような場合には会社は懲戒処分を命じることはできません。
また、そもそも会社が懲戒処分としての「減給(罰金)」を命じる場合にはその懲戒処分にあたる懲戒事由や減給(罰金)の程度などが明確に就業規則に定められていなければなりませんし、仮にそのような定めがある場合であっても労働基準法第91条で定められた減給の上限金額を超えて給料から差し引くことは認められません。
そのため、このように本来は懲戒処分としての減給(罰金)を命じることが認められるケースではないにもかかわらず仕事上のミスを理由に「減給(罰金)」として給料から一定の金額を差し引かれた場合には、会社に対してその「減給(罰金)」の懲戒処分の撤回を求めたり、支払われるべき賃金から差し引かれた金額の返還を求めることが可能となります。
なお、このような場合の具体的な対処法としては以下のような方法が考えられます。
(1)申入書(通知書)を送付する
仕事上のミスを理由に会社から不当に「減給(罰金)」の懲戒処分を受けた場合には、その不当な「減給(罰金)」の撤回や不当に給料から差し引かれた金額の返還を求める「申入書(通知書)」を作成して会社に送付するというのも一つの解決方法として有効な場合があります。
口頭で「不当な減給(罰金)の懲戒処分を撤回しろ!」とか「不当に給料から差し引いたお金を返せ!」と抗議して適切に対処してもらえない場合であっても「書面(文書)」という形で正式に懲戒処分の撤回や差し引かれた金額の返還を求めた場合には会社側としても「弁護士でも雇っているんじゃないか?」とか「訴えられたりするんじゃないか?」と考えて不当な減給(罰金)の懲戒処分を撤回する場合もありますので、「申入書(通知書)」を作成して会社に送付するという方法も検討してみる価値はあると思われます。
また、文書(書面)で送付することによって「撤回を求めたのに不当に差し引かれた」とか「不当に給料から差し引かれたお金の返還を求めたのに拒否された」という事実を”有体物”として残しておくことができますので、将来的に裁判になった場合に使用する”証拠”を残しておく意味でも「申入書(通知書)」を作成して送付しておくことは意味があると思います。
なお、この場合に会社に送付する申入書(通知書)の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 仕事上のミスを理由とする減給(罰金)の撤回を求める申入書
(2)労働基準監督署に違法行為の是正申告を行う
使用者(会社※個人事業主も含む)が労働基準法に違反している場合には、労働者は労働基準監督署に対して違法行為の是正申告を行うことが可能で(労働基準法第104条第1項)、その是正申告が行われた場合には労働基準監督署は必要に応じて臨検や調査を行うことになるのが通常です(労働基準法101条ないし104条の2)。
この点、『懲戒処分はどのような場合に認められるのか?』のページでも解説しているように、使用者(会社)が労働者に制裁(懲戒処分)を行う場合にはその制裁の種類と程度に関する事項について定めておくことが労働基準法の第89条9号で義務付けられていますから、仮に使用者(会社)が労働者のミスを理由に減給(罰金)の懲戒処分を与えた場合において就業規則に「故意または過失により使用者に損害を与えたとき」などといった懲戒事由や減給(罰金)という懲戒処分の種類や程度が明確に定められていない場合には、その使用者(会社)は労働基準法の第89条9号に違反する違法な会社となり、労働基準監督署に対する違法行為の是正申告の対象となります。
また、仮にそのような就業規則の定めがあったとしても、懲戒処分としての減給(罰金)については労働基準法の第91条において「1回については平均賃金の1日分の半額」「総額については1回の賃金支払額の10分の1」とその上限が設けられていますので、この上限を超えた金額が給料から差し引かれたような場合には、その会社は労働基準法の第91条に違反する違法な会社となり、労働基準監督署に対する違法行為の是正申告の対象となります。
そのため、仮に仕事上のミスを理由とした減給(罰金)として給料から一定の金額を差し引かれた場合であっても、就業規則に懲戒処分の種類や程度が記載されていなかったり、労働基準法の上限金額を超える金額が給料から差し引かれたような場合には、労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことが可能となります。
(※ただし、労働基準法第89条は「懲戒処分の種類と程度を就業規則に記載しろ」と規定しているだけであり、その規定に違反する懲戒処分を禁止しているわけではありませんので、労働基準法第89条に違反することを労働基準監督署に申告したからといって懲戒処分が撤回されるとかいうわけでもありませんので注意してください)
労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことによって労働基準監督署が調査や行政指導を行い、それに会社側が応じる場合には、会社が不当な減給(罰金)の懲戒処分を撤回したり仕事上のミスを理由として給料から差し引いた金額を返還する場合もありますので労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うという方法も解決手段の一つとして有効と考えられます。
なお、この場合に労働基準監督署に提出する違法行為の是正申告書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 仕事のミスで罰金を差し引かれた場合(減給)の労基署の申告書
ただし、労働基準監督署に違法行為の是正申告ができるのは、上記のように「就業規則に明確な定めがない場合」と「上限金額を超えた金額が差し引かれていた場合」という労働基準法に違反する場合に限らますので注意してください。
たとえば、仕事上のミスを理由とした減給(罰金)に「客観的合理的な理由や社会通念上の相当性がない場合」については労働基準法違反ということにはなりませんので(※客観的合理的な理由や社会通念上の相当性については労働基準法ではなく労働契約法に規定されています)、労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことは認められませんのでご注意ください。
(3)労働局に紛争解決援助の申立を行う
全国に設置されている労働局では、労働者と事業主の間に発生した紛争を解決するための”助言”や”指導”、”あっせん(裁判所の調停のような手続)”を行うことが可能です(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条第1項)。
この点、仕事上のミスを理由とした減給(罰金)の懲戒処分を命じられ給料から一定の金額が差し引かれているような場合において、その懲戒処分について就業規則の定めがなかったり、就業規則の定めがあっても労働基準法の上限を超えた金額が差し引かれていたり、仕事上のミスを理由に減給(罰金)の懲戒処分を命じることに客観的合理的な理由がなく社会通念上相当といえるような事情も認められない場合には、「就業規則に定めのない懲戒処分は無効だ!」とか「労働基準法で定められた上限を超える減給は不当だ!」とか「社会通念上相当でないような減給処分は無効だ!」と主張する労働者と「仕事上のミスをしたお前が悪いんだから懲戒処分は有効だ!」と主張する会社側との間に”紛争”が発生しているということになりますので、労働局に対して紛争解決援助の申立を行うことが可能になります。
労働局に紛争解決援助の申立を行えば、労働局から必要な助言や指導がなされたり、あっせんの手続きを利用する場合は紛争解決に向けたあっせん案が提示されることになりますので、事業主側が労働局の指導等に従うようであれば、会社側がそれまでの態度を改めて不当な懲戒処分を撤回する可能性も期待できるでしょう。
なお、この場合に労働局に提出する紛争解決援助の申立書の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。
▶ 仕事のミスで罰金を差し引かれた場合(減給)の労働局の申立書
(4)弁護士などに依頼し裁判や調停を行う
上記のような手段を用いても解決しなかったり、最初から裁判所の手続きを利用したいと思うような場合には弁護士に依頼して裁判を提起したり調停を申し立てるしかないでしょう。
弁護士に依頼するとそれなりの費用が必要ですが、法律の素人が中途半端な知識で交渉しても自分が不利になるだけの場合も有りますので、早めに弁護士に相談することも事案によっては必要になるかと思われます。