職場いじめやパワハラに労働基準監督署が積極的に関与しない理由


職場いじめ(モラハラ)やパワハラを受けた場合、多くの人は「労働基準監督署に届け出よう」と考えるかもしれません。

労働基準監督署は事業主の違法行為を監督する機関なので、労働基準監督署に相談すれば職場いじめやパワハラなどにも対応してもらえると考えているからです。

しかし、職場いじめやパワハラなどいわゆるハラスメント(セクハラも含む)の問題に関しては労働基準監督署は積極的に関与してくれないのが実情です。

ではなぜ、労働基準監督署は職場いじめやパワハラなどのハラスメント行為に積極的に関与して行政指導などをしてくれないのでしょうか?

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そもそも「職場いじめ」や「パワハラ」を禁止する法律は存在していない

誤解している人が多くいるようですが、そもそも日本には「職場いじめ」や「パワハラ」を禁止する法律は存在していません。

勿論、「職場いじめ」が暴行や脅迫など刑法に触れる場合には犯罪行為として処分されますし、「パワハラ」が労働基準法に違反するような不当な行為(例えばサービス残業の強要や残業代の不払いなど)を含んでいるような場合にはその行為は労働基準法違反となりますから、そのような職場いじめやパワハラの場合には法律で明確に禁止されているということができるでしょう。

しかし、そのような犯罪行為や法令違反に直接結びつかない行為の場合には明らかな犯罪や法律違反とはいえませんから、そのような行為の場合には刑法や労働基準法違反として責任を追及することが出来ないということになるのです。

たとえば、職場で他の社員を「無視」する行為は「職場いじめ」となりますし、上司が部下に対して「まだ辞めてなかったの?」としつこく尋ねる行為は「パワハラ」となり得ますが、「無視」する行為は刑法の犯罪要件を構成しませんし、「まだ辞めてなかったの?」と質問するだけでは労働基準法違反ということにもなりませんから、「職場いじめ」や「パワハラ」自体は法律で直接禁止されていないということになります。

「職場いじめ」や「パワハラ」は法律で直接禁止されないが、”法律上の問題”は発生する

前述したように、「職場いじめ」や「パワハラ」を直接禁止する法律は存在していませんから、「職場いじめ」や「パワハラ」の行為自体を「法律違反だ!」と糾弾することができないのが日本の実情です。

しかし、だからといって「職場いじめ」や「パワハラ」が法律上何も問題を生じさせないかというとそうではありません。

「職場いじめ」や「パワハラ」はその被害を受ける労働者の人格を傷つけ、その労働環境を損なうものといえますから、「職場いじめ」や「パワハラ」を行う行為は、その「加害者」やそれを放置する「会社(使用者)」において法律上の問題を生じさせることになります。

(1)「加害者」に発生する法律上の問題

前述したように「職場いじめ」や「パワハラ」はそれ自体が直接法律に抵触するものではありませんが、その被害者の人格権を侵害し就労環境を損なうことにつながりますので民法上の不法行為(709条)を構成します。

したがって、「職場いじめ」や「パワハラ」の被害者はその加害者に対して不法行為に基づく慰謝料などの損害賠償を請求することが可能ですし、その加害者は被害者から慰謝料を請求された場合にはそれを支払わなければならないことになります。

このように「職場いじめ」や「パワハラ」自体が法律で禁止されていなくても、その行為によって慰謝料請求などの法律上の問題が発生することになります。

(2)「会社(使用者)」に発生する法律上の問題

前述したように、「職場いじめ」や「パワハラ」が発生したとしても、そのハラスメント行為に労働基準法に違反する行為が含まれていない限り、会社はそのハラスメント行為について労働基準法上の法律違反を問われないことになります。

しかし、だからと言って「職場いじめ」や「パワハラ」が発生した場合に会社が一切の法的な責任を負わないかというとそういうわけではありません。

労働契約法の第5条では、使用者(会社)はその雇い入れた労働者が心身ともに安全に就労することが出来るよう必要な配慮をすることが求められていますので、そのような「労働者への安全配慮義務」は会社と労働者の間で結ばれた労働契約(雇用契約)上の義務になっているということになります。

【労働契約法第5条】

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

したがって、会社(使用者)は、職場で「職場いじめ」や「パワハラ」が発生しないように必要な配慮をする必要がありますし、「職場いじめ」や「パワハラ」が発生した場合にはそれによって労働者が不利益を受けないよう適切な措置を取らなければならない労働契約(雇用契約)上の義務があるということになりますから、仮に「職場いじめ」や「パワハラ」が発生した場合に会社が何らの対応も採らずにそれを放置したり、対処したとしてもそれが中途半端で労働者の救済にならないようなものである場合には、その会社は「職場いじめ」や「パワハラ」の被害者に対して労働契約(雇用契約)の債務不履行としての慰謝料等の損害賠償責任を負うということになります。

このように、「職場いじめ」や「パワハラ」を禁止する法律自体は存在していませんが、会社は社内で発生する「職場いじめ」や「パワハラ」に適切に対処する法律上の義務を負っているということが言えますので、「職場いじめ」や「パワハラ」に適切に対処しない会社に対しては法律上の問題が発生するということになります。

労働基準監督署が「職場いじめ」や「パワハラ」に積極的に介入しない理由

以上のように、「職場いじめ」や「パワハラ」などのハラスメント行為はそれ自体を禁止する法律は存在していないものの、その行為によって被害を受ける労働者に対しては、その「加害者」においては不法行為責任など、その「会社(使用者)」については労働契約(雇用契約)上の債務不履行責任などが発生しますから、「職場いじめ」や「パワハラ」などのハラスメント行為であっても法律上の問題を生じさせることになります。

では、なぜそのような法律上の問題を発生させる「職場いじめ」や「パワハラ」の相談を労働基準監督署は積極的に対処しようとしないのでしょうか?

「職場いじめ」や「パワハラ」が法律上の問題を発生させるのであれば、使用者(会社)の法律違反を監督する機関である労働基準監督署が積極的に関与してもよさそうなので問題となります。

しかし、そもそも労働基準監督署が労働者からの「相談」を受け付けるのは、その「相談」が「労働基準法第104条1項に基づく申告」の要件を満たしているからに他なりません。

なぜなら、労働基準法の第104条1項では、使用者が労働基準法に違反する事実がある場合には労働者はその事実を労働基準監督署に申告することが出来ると規定されていますから、労働基準監督署が労働者から使用者(会社)の労働基準法に違反する事実を「相談」された場合には、労働基準監督署はその相談を労働基準法第104条1項に基づく「申告」として受理しなければならないからです。

【労働基準法第104条1項】

事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

これは逆にいうと、労働基準監督署は「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められない相談についてはその相談を受け付けることが出来ないことを意味します。

労働基準監督署も行政機関の一つである以上、「立法」「行政」「司法」という三権分立の建前を遵守する必要があり法律に明文のない行為をすることはできませんから、「労働基準法第104条1項に基づく申告」と判断できない「相談」はたとえ労働者からの相談であっても受け付けることが出来ないからです。

この点、「職場いじめ」や「パワハラ」の場合はどうかというと、その「加害者」において不法行為など、「会社」において債務不履行などの法律上の責任を生じさせることはありますが、前述したように「職場いじめ」や「パワハラ」自体は労働基準法で禁止されている行為ではないため「職場いじめ」や「パワハラ」は「労働基準法違反」ということにはなりません。

したがって、「職場いじめ」や「パワハラ」が労働基準法に違反していない以上、労働基準監督署はその相談が寄せられても、その「職場いじめ」や「パワハラ」について積極的に介入しませんし(したくても監督権限がないので介入することが出来ない)、監督権限を行使して行政指導などもすることが出来ないという結果になるのです。

では「職場いじめ」や「パワハラ」に直面している場合にはどうすれば良い?

そうは言っても「職場いじめ」や「パワハラ」というトラブルに見舞われている人は実際にいるわけですので、そのような人はどうすれば良いかという点が問題になりますが、それは『職場いじめ・社内いじめを受けている場合の対処法』のページでも解説しているように、まずは勤務先の会社にその「職場いじめ」や「パワハラ」を相談し(※前述したように労働契約法で会社には労働者への安全配慮義務がありますから会社はそのハラスメントを止めさせるよう必要な措置を取る義務があります)、それでも解決しない場合には労働局に紛争解決援助の申立を行ったり、弁護士に個別に相談して示談交渉や裁判等で解決を図るしかないのではないかと思われます。