広告

時間外手当は基本給に含まれていると言われたら?

会社の社内規定によっては、「時間外手当(残業代)は基本給の中に含まれているため残業代の支払はしない」と規定されている場合があります。

このような会社では、たとえ何時間残業したとしても基本給の中に時間外手当が含まれていることになっていますから、給料は毎月同じ金額が支給されるということになります。

しかし、このような社内規定は実際に労働した時間に関係なく一定の賃金しか支給されないため残業時間が長くなればなるほど労働者の損失が大きくなり、理不尽な結果となってしまいます。

そこで今回は、このように時間外手当が基本給に含まれるする社内規定などに違法性はないのか、またそのような会社で時間外手当を請求することができるのかといった問題について考えてみることにいたしましょう。

広告

「時間外手当が基本給に含まれる」という社内規定そのものは違法ではない

残業や休日出勤があった場合に会社が労働者に支払わなければならない割増賃金の割増率は労働基準法という法律によって25~35%以上と定められています(労働基準法37条)。

そのため、この法律で定められている割増率を下回る割増率の時間外手当しか支払わない会社は、「違法」となります。

この点、「時間外手当が基本給に含まれる」と社内規定で定めている会社では、その支払われる基本給に含まれている「時間外手当の部分」が上記労働基準法で定められた割増率(25~35%)を下回るか否かが法令違反か否かの判断基準となります。

支払われる「時間外手当の部分」が労働基準法で定められた割増率(25~35%)を超えるのなら、労働基準法で定められた割増率の範囲内で時間外手当を支払っていると判断されますので、そのような場合は「時間外手当は基本給に含まれている」と定められた社内規定も合法となるのです。

たとえば、基本給が月額20万円と定められた毎月の勤務日数が20日間、1日の所定労働時間が8時間の会社に「時間外手当は基本給に含まれる」という社内規定があったとします。

この会社で毎日1時間の残業をしたとしても、支払われる賃金は1か月20万円なので、その20万円の中に基本給の24%増しの時間外手当が支払われているのであれば、違法ではないということになります。

仮にこの会社の時間給を1000円と考えると、時間外手当部分は毎日2000円となりますから(時給1000円なら1日8000円で20日間で16万円となり月給20万円から16万円を差し引いた4万円が毎月の時間外手当の部分となるので1日あたりの時間外手当は2000円となる)、1時間残業した場合は基本給の200%(割増率は100%)の時間外手当が支払われていることになり、労働基準法で定められた割増率の範囲内の時間外手当が支払われているということになり違法とはなりません。

もっとも、これはこの会社の基本給が時給1000円(月給16万円)と仮定した場合であって、仮に基本給が時給1250円(月給20万円)となると残業代は0円となるのですから、基本給の部分がいくらになるのかによって違法となるか適法となるか判断が分かれることになります。

「時間外手当は基本給に含まれる」とする社内規定は原則として「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とが明確に区別できる場合」に限り適法となる

前述の例で挙げたように、「時間外手当は基本給に含まれる」とする社内規定も、支払われる基本給のうち時間外手当に該当する部分が労働基準法所定の割増率(25~35%以上)を越えている場合は違法とはなりません。

しかし、その支払われる基本給のうち「通常の労働時間の賃金に当たる部分」がいくらかということが判然としない場合は「時間外の割増賃金に当たる部分」がいくらかということもあいまいになりますから、その「時間外の割増賃金に当たる部分」が労働基準法所定の割増率を越えているかということも判然としないことになります。

そのため、「時間外手当は基本給に含まれる」とする社内規定が有効(適法)と判断されるのは

「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とが明確に区別できる場合」に限られる

というのが、裁判所における判断の基準となります(高知県観光事件・平成6年6月13日)。

たとえば、前述の例として挙げた「時間外手当は基本給に含まれる」との社内規定がある基本給20万円で1日の所定労働時間8時間の会社の場合では、1日1時間の時間外勤務をした場合には、通常の労働時間の賃金を1,000円と考えれば労働基準法所定の割増率の範囲内に収まりましたが、通常の労働時間の賃金を1,250円と考えると割増率の範囲内に収まらないわけです。

そのため、このような会社では単に「時間外手当は基本給に含まれる」と規定するだけでは足らず、「その支払われる基本給のうち時間外手当の割増賃金となる部分は何円なのか」ということも規定されていなければならないということになります。

したがって、「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「時間外の割増賃金に当たる部分」とが明確に区別できるような規定になっていない場合には、その「時間外手当は基本給に含まれる」という社内規定は法律に反するということになり、会社は労働基準法所定の割増率に従って計算された時間外手当を支払わなければならないということになります。

通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とが明確に区別できない場合でも「時間外手当は基本給に含まれる」とする社内規定が有効となる場合

前述したように、「時間外手当は基本給に含まれる」とする社内規定は、原則として「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とが明確に区別できる場合」に限り適法となります。

「原則として」というのは「例外」があるからで、たとえば外資系会社の社員が時間外手当の支払いを求めた「モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド割増賃金請求事件」では、

①給与が労働時間数ではなく会社にどのような営業利益をもたらし、どのような役割を果たしたのかによって決められていること

②社員は自分の判断で営業活動や行動計画を決め、会社は社員がどの位時間外労働をしたかを把握することが困難なシステムとなっていること

③基本給だけでも月額180万円を超える金額を受け取っており労働者の保護に欠ける点はないこと

などの理由から、「時間外手当は基本給に含まれる」という規定の有効性を認め、時間外手当の請求は認められませんでした。

労働基準法37条が時間外手当の割増率を規定している趣旨は、「過重な労働に対する労働者への補償」を行うことにあるので、そのような労働者の保護が認められる会社の場合はたとえ「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とが明確に区別できない場合」であっても、「時間外手当は基本給に含まれる」とする社内規定が有効と判断されるのです。

このように、「時間外手当は基本給に含まれる」とする社内規定の適法性の判断もケースバイケースで異なる場合がありますので注意が必要です。