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会社が辞めさせてくれない問題に労働基準監督署が対応しない理由

労働者から提出された退職届(退職願)を受理しないなど、辞めたいのに辞めさせてくれない会社は今でもなお数多く存在しているようです。

会社を辞めたいのに辞めさせてもらえない場合の対処法は『会社を辞めたいのに辞めさせてくれないときの対処法』のページで既に解説していますのでここでは詳述いたしませんが、労働者の退職の自由は法律で明確に認められていますので(民法627条及び628条)、たとえ会社が退職を認めない場合でも退職届(退職願)を提出すれば法律上退職の効果は有効に発生することになります。

そのため、仮に会社が辞めさせない場合であっても退職届(退職願)を内容証明郵便で郵送しておけば法律的に問題なく退職をすることは可能なのですが、ブラック企業などではこのような法律の規定に労働者が無知なことを悪用して、様々な手段を用いて労働者の退職を妨害する事例が後を絶たないようです。

ところで、労働トラブルの相談先として多くの人が真っ先に思い浮かべるのは労働基準監督署ではないかと思いますが、この「会社が辞めさせない」というトラブルについては労働基準監督署はあまり積極的に対処しようとしないのが一般的です。

では、なぜ労働基準監督署はこの「会社が辞めさせてくれない」というトラブルに積極的に関与してくれないのでしょうか?

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労働基準監督署は労働基準法に違反する行為を監督する機関であること

一般の人が労働トラブルを労働基準監督署に相談する場合、多くの人は単に「労働基準監督署に相談」していると考えているのかもしれませんが、労働トラブルを労働基準監督署に「相談」するという行為は、労働基準法で規定された「監督機関に対する申告」の制度を利用していることに他なりません。

労働基準法の第104条1項では、使用者が労働基準法に違反する事実がある場合には労働者はその事実を労働基準監督署に申告することが出来ると規定されていますので、会社が労働基準法に違反する行為を行っていることを理由として労働基準監督署に相談しているということは、本人の認識の有無にかかわらず、この「労働基準法第104条1項に基づく申告」を行っているということになるのです。

【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

これは逆にいうと、労働基準監督署は「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められない相談についてはその相談を受け付けることが出来ないことを意味します。

労働基準監督署も行政機関の一つに過ぎませんから、民主主義の観点から考えると行政機関である労働基準監督署が法律に明文のない行為をすることは認められるべきではありません。行政機関が法律という「立法」機関の付託のない行為をすることは「立法」「行政」「司法」という三権分立の建前を犯してしまうことになるからです。

労働基準監督署が行政機関の一つである以上、労働基準監督署はその権限が規定されている労働基準法の範囲内でしか監督権限を行使することはできませんから、「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められない相談が労働者から寄せられたとしても、その相談に応じることはできないのです。

したがって、労働基準監督署において「相談」に応じてもらえる労働トラブルの内容は「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められる相談に限られるということになります。

「会社を辞めさせない」行為は基本的に労働基準法違反とは言えない

ところで、会社に退職届(退職願)を提出したのに会社が辞めさせてくれないという問題は労働基準法に違反することになるのでしょうか?

会社の「辞めさせない」行為が労働基準法に違反するのであれば、その「辞めさせない」という会社の行為は前述した労働基準法第104条1項の規定に基づく労働基準監督署の監督権限の範囲内の行為ということになりますから、労働基準監督署に「相談(労働基準法的には申告)」することにより労働基準監督署から行政指導をしてもらうこともできるので問題となります。

もっとも、結論から言うと、会社が「辞めさせない」行為は労働基準法では禁止されていませんので仮に会社が「辞めさせてくれない」場合であったとしても、その行為自体は労働基準法に違反するものではないということになります。

この点、確かに労働基準法の第5条では「強制労働の禁止」が謳われていますので労働者の意思に反して就労を強制させることは労働基準法5条違反となり労働基準監督署の監督権限の範囲内に含まれることになります。

【労働基準法第5条】
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

しかし、労働基準法の第5条で禁止されているのはあくまでも「暴行」や「脅迫」「監禁その他の精神または身体の自由を不当に拘束する手段」を用いて労働を強制することであって、それらの手段を用いないで労働を強制することは基本的に労働基準法の第5条には違反しないことになるのです。

たとえば、会社に退職届(退職願)提出した労働者を監禁して精神的に追い詰めて退職しないよう説得しているような場合には、この労働基準法第5条に違反するということはできるでしょうが、退職届(退職願)を提出した労働者に対して暴行や脅迫、監禁などの行為を一切使わずに単に退職届(退職願)の受領を拒否したり、頑なに退職の意思表示を拒否して就労を求めているような場合には、その会社は労働基準法の第5条に違反しているということはできないでしょう。

このように、労働基準法の第5条は「暴行」や「脅迫」「監禁その他の精神または身体の自由を不当に拘束する手段」を用いて労働を強制することを禁止する規定であって、それらの行為を伴わない退職妨害行為を禁止する条文ではありませんから、これらの行為を伴わない会社の「辞めさせない」行為については労働基準法違反として労働基準監督署に「労働基準法第104条1項に基づく申告」として相談することもできない(相談しても労働基準法第104条の申告として受理してもらえないので労働基準監督署としてもその相談に応じた行政指導などの監督権限を行使してもらえない)ことになります。

法律上は「辞めさせてくれない」場合を想定していない

前述したように、会社が「辞めさせない」場合であってもそれが暴行脅迫などを伴うものでない限り、労働基準法では解決できないことになります。

では、会社が「辞めさせない」行為はどのような法律に抵触するのかという点が問題となりますが、法律上は「辞めさせない」という状況が想定されていませんから、そのような行為を規制する具体的な法律も存在しないことになります。

会社が「辞めさせない」行為は明らかに不当な行為と言えますので、なぜそれが法律で禁止されていないか疑問に思う人もいるかもしれませんが、法律上は「退職の自由」が明確に認められていますので、法律上「辞めさせない」という状況が想定されていないのです。

民法の627条と628条では、期間の定めのない雇用契約の場合には退職の意思表示をしてから2週間が経過した後に、期間の定めのある雇用契約の場合にはやむを得ない事由がある場合には直ちに労働契約を解除して退職することが認められていますから、法律上はその退職の意思表示さえ有効に行えば会社側の承諾の有無にかかわらず退職することが可能となっています。

【民法第627条1項】
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
【民法第628条】
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。(以下省略)

そのため、仮に会社が「辞めさせない」ような状況があったとしても、法律上は退職届(退職願)を提出することで(会社が受け取りを拒否している場合には内容証明郵便で送付することで)法律上の「退職」の効果が有効に発生することになりますから、「辞めさせない」行為を禁止する法律を作る必要性がないのです。

「辞めさせてくれない」トラブルに労働基準監督署が積極的に介入しない理由

以上のように、労働基準監督署が相談に応じるのは基本的に「労働基準法第104条1項に基づく申告」と認められるような「労働基準法に違反する事実」がある場合に限られていますので、労働基準法に明文で規定されていない会社が「辞めさせない」という行為があった事実だけを理由として労働基準監督署に相談(申告)したとしても、行政機関である労働基準監督署としては法律の明文がない以上、その相談を「労働基準法第104条1項に基づく申告」として受理し、監督権限を行使することはできないことになります。

したがって、そのような「辞めさせない」というトラブルを労働基準監督署に相談したとしても、その「辞めさせない」という行為の中に暴行や脅迫、監禁といった労働基準法第5条に抵触するような事実がない限り、労働基準監督署は積極的にトラブルの解決に向けて行政権限を行使しないということになります。

では「辞めさせない」というトラブルに直面している場合にはどうすれば良い?

そうはいっても「辞めさせてくれない」というトラブルに見舞われている人は実際にいるわけですので、そのような人はどうすれば良いかという点が問題になりますが、端的に言えば退職届(退職願)を内容証明郵便で郵送するなどして退職の意思表示を行ってその証拠を残しておくほかないということになります。

前述したように「退職の自由」は民法で明確に規定されていますから、会社が「辞めさせない」と言っている場合であっても退職届(退職願)を提出すれば法律上有効に退職の効果が発生することになりますから、退職届(退職願)を内容証明で郵送しておけば法律上は問題なく退職することが可能です。

したがって、会社が「辞めさせない」というトラブルに関しては、結局は確実に証拠として残すことのできる内容証明郵便を利用して退職届(退職願)を送付する以外にないということになってしまうでしょう。

なお、どうしても会社が退職を妨害しているような場合には『会社を辞めたいのに辞めさせてくれないときの対処法』のページで解説しているように労働局に紛争解決援助の申立を行ったり弁護士に相談して示談交渉などをしてもらうという手もありますが、いずれにせよ会社が「辞めさせてくれない」というトラブルに関しては労働基準監督署は暴行や脅迫監禁などの事実がない限り積極的には介入してくれないのが通常ですから、内容証明で退職届(退職願)を送付するなどするのが一番簡単な解決方法になるということになろうかと思われます。