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妊娠したものの働ける状態なのに休職を命じられた場合

産休や育休の取得が認められない場合の対処法は『「育児休業(育児休暇)はとれない」と言われたら?』や『「産休(産前休暇)は取れない」といわれたら?』のページで解説してきましたので、女性労働者が妊娠した場合における産休や育休の「取得」に関する法律についてはある程度理解してもらえたのではないかと思います。

しかし、女性労働者が妊娠した時に発生するトラブルは、このような産休や育休が「取得できない」という事案だけではないようで、これとは逆に女性労働者が妊娠したことを理由に会社から無理やり休職を命じられるというトラブルも多く発生しているようです。

しかし、女性労働者が妊娠した場合であっても母体が感じる負担は人それぞれでしょうから、女性によっては妊娠後も特段の影響を受けず通常どおり就業することが可能な場合も有るはずです。

それにもかかわらず、会社から妊娠したことを理由に強制的に休職や自宅待機を命じられてしまっては、就労する機会を強制的に取り上げられて受け取るべき賃金も受け取れないという事態に陥ってしまうことになってしまい「産休や育休を付与して母体を保護する」という大義名分のもとに就労に支障のない女性労働者が不当な不利益を受けてしまう結果となってしまいます。

そこで今回は、就労に支障がないにもかかわらず妊娠したことを理由として休職を命じられた場合にはそれに応じて休職しなければならないのか、といった問題について考えてみることにいたしましょう。

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会社が休職を命じる法律上の根拠

就労に支障がないにもかかわらず妊娠したことを理由として本人の意思に反して強制的に休職を命じられてしまう問題を考える前提として、まず労働者が妊娠や出産したことを理由として会社が休職を命じることがどのような法律に基づくものなのかを考える必要があります。

なぜなら、会社が労働者に対して妊娠を理由に休職を命じることが法律上認められていない場合には、そもそも妊娠をしたことを理由に休職命令を出すこと自体が違法なものとして無効と判断できるからです。

(1)出産するまでの期間に命じられる休職の場合

この点、労働基準法の第65条1項では、6週間(双子以上の場合は14週間)以内に出産する予定のある女性が休業を申し出た場合にはその女性を働かせてはならないと規定されていますので、6週間(双子以上の場合は14週間)以内に出産する予定のある女性労働者が「休職(産休)」の取得を「申請した場合」については、会社がその女性労働者に休職を命じることも合法と言えます(労働基準法第65条1項)。

【労働基準法第65条1項】
使用者は、6週間(多胎妊娠の場合にあっては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。

しかし、これはあくまでも妊娠した女性労働者が産休の取得を希望した場合の話であって、女性労働者が産休の取得を請求していない場合には、会社にこの労働基準法第65条1項の休職の義務は生じません。

したがって、たとえ6週間以内に出産する予定のある女性労働者がいたとしても、その女性労働者が産休の取得を請求していない場合には、会社がこの労働基準法第65条1項を根拠として女性労働者に休職や自宅待機を命じることはできないことになります。

(2)出産した後の期間に命じられる休職の場合

労働基準法の第65条2項では、産後8週間を経過しない女性については産後6週間を経過した女性が医師の許可を得たうえで請求した場合を除いてその女性労働者を就労させることが禁止されていますから、産後8週間を経過しない女性労働者や、産後6週間を経過したものの医師の許可を得ていないにもかかわらず就労することを請求した女性労働者に対して場合には、その女性労働者に対して休職や自宅待機を命じることも法律上の根拠がある適法なものということができます(労働基準法の65条2項)。

【労働基準法第65条2項】
使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、そのものについて医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。

しかし、これはあくまでも産後8週間(又は6週間)を経過しない女性の健康を確保する目的で定められた規定ですので、産後8週間を経過した女性労働者であったり、産後6週間を経過して医師の承諾を得たうえで就労することを求めた女性労働者にまで求職を命じることを認めたものではありません。

したがって、たとえ出産した女性労働者がいたとしても、その女性労働者が産後8週間を経過していたり、仮に産後8週間を経過する前であっても産後6週間を経過した後にその女性労働者が医師の許可を得て就労することを請求した場合においては、会社がこの労働基準法第65条2項を根拠として会社が休職や自宅待機を命じることはできないということになります。

(3)その他の法律上の根拠

上記のように、「6週間以内に出産する予定のある女性労働者が産休の取得を請求した場合(※上記の(1)の場合)」や「産後8週間を経過していない場合(ただし産後6週間を経過した女性が医師の許可を得て請求した場合を除く)(※上記の(2)の場合)」には、労働基準法第65条1項及び2項を根拠として会社が女性労働者に休職や自宅待機を命じることも合法となります。

では、それ以外の場合には一切会社が妊娠・出産した女性労働者に休職や自宅待機を命じることが出来ないかというとそうでもありません。

使用者(会社※個人事業主も含む)には労働契約法の第5条や労働安全衛生法の第3条でその雇用している労働者の健康や安全を確保するための必要な配慮が義務づけられていますから(労働契約法第5条、労働安全衛生法第3条第1項)、女性労働者が妊娠や出産したことによって「生命、身体等の安全を確保しつつ労働すること」が出来なくなったり、「労働者の安全と健康を確保」することが困難な事情がある場合には、会社がその女性労働者に対して休職や自宅待機を命じることも法令上の根拠がある適法な命令となります。

【労働契約法第5条】
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
【労働安全衛生法第3条1項】
事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。

しかし、これらの規定はあくまでもその対象となる労働者の健康や生命、身体等の安全を確保することが目的ですから、「6週間以内に出産する予定のある女性労働者が産休の取得を請求していない場合(※上記の(1))参照」や「出産した女性労働者が産後8週間を経過している場合(※上記の(2)参照)」であったとしても、その女性労働者の健康や安全を考慮してもなお休職の必要性がないような場合には、これら労働契約法第5条や労働安全衛生法第3条1項の規定を根拠としてその女性労働者に対して休職や自宅待機を命じることことはできないものと考えられます。

(4)以上をまとめると…

上記の(1)(2)(3)をまとめると、会社(使用者)が女性労働者の妊娠や出産に関して休職や自宅待機を命じる(又は休職を認める)ことが出来るのは以下の6つのケースの場合になると考えられます。

【会社(使用者が)産前産後の女性労働者に休職や自宅待機を命じることができる場合】
① 6週間以内に出産する予定のある女性労働者が休職(産休)を請求した場合
② 6週間以内に出産する予定のある女性労働者が休職(産休)を請求しなかった場合であっても、その女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある場合
③ 出産した女性労働者が産後8週間を経過していない場合
④ 出産した女性労働者が産後8週間を経過した場合であっても、その女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある場合
⑤ 出産した女性労働者が産後6週間を経過した後に就労することを請求したものの医師の許可を得ていない場合
⑥ 出産した女性労働者が産後6週間を経過した後に医師の許可を得て就労を請求した場合であっても、その女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある場合

もっとも、上記の「①」については女性労働者が自分の意思で休職を申し出る場合ですし、「③」と「⑤」についてはそもそも労働基準法で就労させることが禁止されているものになりますから、会社が女性労働者に対して妊娠や出産を理由に休職を命じる行為が問題となるのは上記のうち「②」「④」「⑥」の場合ということになるでしょう。

妊娠した女性労働者が就労するのに支障のない状態なのに休職を命じられた場合に発生する法律上の問題

前述の(4)の最後で解説したように、(4)で挙げた具体例のうち「②」「④」「⑥」の場合には、会社から休職を命じられた女性労働者は基本的に就労することに健康上の支障はなく、本人も就労することを望んでいるにもかかわらず、会社(使用者)側が「女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある」と判断して、その女性労働者の意思に反して休職を強制しているということになります。

もちろん、前述の(3)で説明したように、会社(使用者)はその雇用している労働者の健康や安全を確保するための必要な配慮をすることが法律上で義務づけられていますから、会社(使用者)側が「女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある」と判断したことに正当な理由があるのであれば、その休職命令に違法性はありません。

仮に会社(使用者)側が「女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある」と判断したにもかかわらず、女性側の意思を尊重して就労させた場合に万が一女性側に健康上の問題などが発生した場合には、会社は「労働者の健康安全への配慮義務」を怠ったとして女性労働者に対して損害賠償義務を負わなければなりませんから、正当な理由があって「女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある」と判断できるのであれば、たとえその休職命令を受ける女性労働者の意思や希望に反していたとしても、その休職命令は法令上の義務を履行するために必要なものであると考えられるからです。

しかし、上記の具体例の「②」「④」「⑥」のような場合に、会社(使用者)側が「女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある」と判断したことに何らかの不正な目的があるような場合は別です。

たとえば、上記の具体例の「②」「④」「⑥」のような場合にはその女性労働者は基本的に就労することを望んでいるか、もしくは会社側から拒否されない限り就労することを希望していると考えられますが、このような場合において「女性労働者の健康や安全等を考慮して休職させる必要性がある」と判断できるような合理的な理由がないにもかかわらず、人件費を削減するなどリストラ等を行うことを目的として不当に休職を命じただけであるような場合には、そのような休職命令は法律上の権限を逸脱した不当な職務命令であるとして法律上の問題を発生させることになります。

権利の濫用として無効と判断される可能性

前述したように、上記の具体例の「②」「④」「⑥」のように、妊娠や出産した女性労働者が法律上就労することが禁止されていない産前産後の期間において、その女性労働者が就労することを希望している(又は休職することを望んでいない)場合に、その女性労働者の「健康や安全等を考慮して休職させなければならない必要性」がないにもかかわらず、会社が人員削減など不当な目的のために休職することを命じているような場合には、その会社はその使用者としての権限を逸脱して休職を命じているということになるでしょう。

この点、労働者の健康や安全を考えて休職命令を出すことが認められるとしても、使用者が行う休職命令が合理的な範囲を超えるものである場合にはその休職命令は権利を濫用したものとして無効となります(労働契約法第3条4項ないし5項、民法第1条2項ないし3項)

【労働契約法第3条】
第1項~3項(省略)
第4項 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
第5項 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。
【民法第1条】
第1項(省略)
第2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
第3項 権利の濫用は、これを許さない。

このように考えると、妊娠や出産した女性労働者が法律上就労することが禁止されていない産前産後の期間において、その女性労働者が就労することを希望している(又は休職することを望んでいない)場合に、その女性労働者の「健康や安全等を考慮して休職させなければならない必要性がある」と判断できるような合理的な理由が存在しないにもかかわらず、会社が人員削減など不当な目的のために休職することを命じているような場合には、その職務命令は権利を濫用したものとして無効と判断されることになると考えられます。

最後に

以上のように、妊娠した女性労働者に対しては、その母体や生まれてくる子供の生命や健康を保護するために一定の期間就労することが法律で禁止されていますし、会社(使用者)側にも労働者の健康や安全を確保することが法律上義務付けられていますから、その法律で認められる範囲における休職命令は適法なものとして労働者も甘受しなければならない面があります。

しかし、そのような正当な理由がない休職の命令については、たとえ「健康や安全等を考慮して休職させなければならない必要性がある」と判断していたとしても、そのような休職や自宅待機の命令は権利の濫用として無効と判断される余地のあるものということができるでしょう。

なお、そのように権利の濫用と判断できるような不当な休職や自宅待機などの命令を受けた場合に具体的にどのように対処すれば良いかが問題となりますが、その場合の対処法は病気や怪我が治っているにもかかわらず休職を命じられた場合と同様の対処法となりますので、詳しくは『病気や怪我が治ったのに休職を命じられた場合の対処法』のページを参考にしてください。