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人事異動や配転命令を拒否することはできるのか?

営業職から工場勤務になったり、現場の作業員から営業所の事務職に配置換えがなされるなど、企業の人事異動(配置転換)は一般的に行われているものと思います。

この配置転換を求める配転命令(人事異動)は、勤務地の変更をともなう場合は「転勤」とも呼ばれますが、会社の都合で労働者に職種や勤務地の変更を促すものですから、労働者にとっては相当に負担となります。

そのため、できるものならその配転命令を拒否して今までと同じ職種や職場で働き続けることはできないのだろうかと思い悩んでいる人も多いのではないかとおもわれます。

そこで今回は、人事異動で命じられる「配転命令(配置転換)」を拒否することはできるのか、という問題について考えてみることにいたしましょう。

なお、このページで解説するのは人事異動のうち「職種」や「勤務地」に変更がなされる「配転命令(配置転換)」の問題になりますので、人事異動でも「出向」や「転籍」の問題についてはそれぞれの解説をしているページを参考にしてください。

出向命令を拒否することはできるのか?

転籍命令を拒否することはできるのか?

ちなみに、「配転」と「出向」「転籍」の違いについては『配転と出向と転籍の違いとは?』のページで詳しく解説しています。

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会社が人事異動(配転命令)を命じるには「就業規則の定め」または「労働契約による個別の同意」が必要

配置転換に代表される人事異動を労働者が拒否できるかという問題を考える前提として、そもそも使用者(会社)が労働者に対して人事異動(配転命令)を命令する権利が何を根拠として発生するのか、という点を考える必要があります。

この点、配転命令に代表される人事異動を命じる権利は、使用者(会社)が労働者との間で締結する労働契約(雇用契約)の一種として発生するものと考えられています。

使用者(会社)と労働者が結ぶ労働契約(雇用契約)は、労働者が労働力を提供する代わりに、使用者(会社)がその労働力を最も効率よい方法で利用して最大の収益を発生させることが目的となりますから、使用者(会社)はその雇い入れた労働者の能力や適性等を適切かつ最大限に利用するために、労働者の「職種」や「勤務地」を決定する権限を行使する必要が生じます。

そのため、使用者(会社)に労働者の「職種」や「勤務地」を決定する人事権、すなわち「配転命令をする権利(人事異動を命じる権利)」が発生することになるのです。

もっとも、その人事権としての配転命令権は、あくまでも「労働契約(雇用契約)」の内容として発生することになりますので、使用者(会社)が労働者に対して人事異動(配転命令)を命じることができるのは、「配転命令権(人事権)」が労働契約(雇用契約)の内容となっていることが必要となります。

そのため、使用者(会社)が労働者に対して配転命令(人事異動)を強制できるのは、配転命令ができることについて「就業規則の定めがある場合」もしくは「個別の労働契約で労働者の合意がある場合」に限られることになります。

もっとも、一般的な会社では「会社は、業務の都合上必要がある場合には、出張、配置転換、転勤を命ずることができる」といった就業規則の定めがあるものと思いますので、事実上はほとんどの会社で労働契約において労働者の個別の同意を得ることなく一方的に「配転命令」や「人事異動」を命じることができるということになるでしょう。

命じられた配転命令(人事異動)を拒否できる場合

前述したように、「会社は、業務の都合上必要がある場合には、出張、配置転換、転勤を命ずることができる」などといった定めが「就業規則」や「個別の労働契約書(雇用契約書)」に定められている場合には、人事権の一種である「配転命令権」が労働契約(雇用契約)の内容となっていますので、使用者(会社)は労働者に対して配置転換(人事異動)を命じることができ、労働者はそれを拒否できません。

もっとも、以下のような場合には労働者は使用者(会社)からの配転命令(人事異動)を拒否することができます。

(1)就業規則や労働契約書に配転の定めがない場合

前述したように、使用者(会社)が労働者に配置転換(人事異動)を命じることができるのはその配転命令権が労働契約の内容となっているからにすぎません。

したがって、「会社は、業務の都合上必要がある場合には、出張、配置転換、転勤を命ずることができる」などといった定めが「就業規則」や「労働契約書(雇用契約書)」に記載されていない場合には、配転命令権が労働契約の内容となっていないことになりますから、就業規則や労働契約書(雇用契約書)を確認してそのような定めがないような場合には、会社からの配転命令(人事異動)は拒否することができます。

(2)個別の労働契約(雇用契約)で「勤務地」や「職種」が限定されている場合

使用者(会社・雇い主)と労働者(従業員)の間で結ばれる労働契約(雇用契約)には通常、従事する「職種」や「勤務地」などが記載されていると思います。

このように、労働契約(雇用契約)において職種や勤務地が限定されている場合には、使用者(会社)はその限定された「職種」や「勤務地」の範囲内でしか前述した配転命令権(人事権)を行使することができません。

したがって、個別の労働契約(雇用契約)で「職種」や「勤務地」が限定されている場合において、その限定された「職種」や「勤務地」以外の「職種」や「勤務地」を指定した配転(人事異動)が命じられた場合には、その配転を拒否することが可能となります。

たとえば、就業規則に「会社は配置転換を命じることができる」という定めがある会社に職種を「設計職」と限定した労働契約(雇用契約)で入社した場合には、「営業職」への配置転換が命じられたとしてもこれを拒否することができますし、その労働契約(雇用契約)で勤務地を「東京都」と限定していた場合には、東京都内以外の道府県への転勤が命じられたとしても拒否できることになります。しかし、仮にこの会社に「八王子工場」があったとして八王子工場に設計職として転勤を命じられた場合には、限定された勤務地内の「東京都内」の転勤で限定された職種の「設計職」のままの転勤となりますから、その転勤は拒否できないことになります。

【ワンポイントアドバイス】
 もっとも、この「職種」の限定の場合は、特殊の技能や資格を有する者(医者や看護師、アナウンサーなど)に限られるとされるのが通常ですので、高度な専門性を有しない職業の場合には、たとえ労働契約書(雇用契約書)に職種を限定する定めがあったとしても、他の職種への配転命令が出されればそれを拒否することはできないと思われます。
 また、特殊な技能や資格を有するとされる者であっても職種の限定が認められなかった事例もありますので注意が必要です(アナウンサーの職種限定を認めなかった事例:九州朝日放送事件・最高裁平成10年9月10日)。

(3)配転命令が「法令」に違反する場合

前述したように、配転の定めが「就業規則」や「労働契約」に明記され労働契約(雇用契約)の内容となっている場合には配転命令を拒否することはできませんが、その配転命令が「法令」に違反するものである場合には拒否することができます(労働契約法第13条)。

【労働契約法第13条】
就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第7条、第10条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。

たとえば、労働組合に加入している社員の労働組合への参加を妨害するために他の事業所に転勤を命じるような配転命令は、不当労働行為を禁止した労働組合法第7条という”法令”に違反することになりますので、そのような転勤命令(配転命令)は拒否することができると考えられます。

【労働組合法第7条】
使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
第1号 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもって、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。(但書省略)
第2号~第4号(省略)

(4)配転によって「仕事と生活の調和」が損なわれる場合

前述したように、労働契約(雇用契約)において人事異動や配転命令が許容される場合には基本的にその人事異動や配転命令を拒否することはできません。

もっとも、配転(配置転換)という人事権が労働契約(雇用契約)の内容になっているからといって、使用者(会社)がむやみやたらに労働者に対して「職種」や「勤務地」を変更できるわけではありません。

なぜなら、使用者(会社)にはその雇い入れた労働者の「仕事と生活の調和にも配慮」することが労働契約(雇用契約)上当然に義務付けられることになりますから(労働契約法第3条3項)、その労働者の「仕事と生活の調和」を乱すような配転命令は労働契約(雇用契約)に違反するものとして無効と判断されるからです。

【労働契約法第3条】
第1項~2項(省略)
第3項 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
第4項~第5項(省略)

例えば、介護が必要な親と同居している労働者を雇用している使用者(会社)は、その労働者において「仕事と介護の両立」ができるよう最大限配慮することが必要ですから、たとえ就業規則に「会社は転勤を命じることができる」という定めがあり、個別の労働契約(雇用契約)で「勤務地」が限定されていない場合であっても、その労働者の介護に支障が出るような地域(※たとえば単身赴任や転居が必要であったり、自宅からの通勤に長時間を要するような遠距離の地域)に転勤を命じたりすることはできないものと考えられます。

なお、このような場合に使用者がこの「仕事と生活の調和配慮義務」に違反して労働者の生活を損なわせるような配転を命じた場合には、後述する「権利の濫用」としてその配転命令は無効と判断されることになります。

(5)配転が「権利の濫用」と判断される場合

前述したように、労働契約(雇用契約)において人事異動や配転命令が許容される場合には基本的にその人事異動や配転命令を拒否することはできません。

しかし、その場合であっても、人事異動や配転命令が「権利の濫用」と判断される場合には、その人事異動や配転命令は「無効」判断されることになりますので、その配転命令を拒否することが可能です(労働契約法第3条3項及び5項)。

【労働契約法第3条】
第1項~第4項(省略)
第5項 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

この場合、具体的にどのような配転命令(人事異動)が「権利の濫用」と判断されるかはケースバイケースで異なりますが、一般的には次に挙げるような配転命令(人事異動)は「権利の濫用」と判断されると考えられます(東亜ペイント事件・昭和61年7月14日)。

【配転命令(人事異動)が権利の濫用と判断される具体例】
業務上の必要性がない場合
・人員の選択に合理性がない場合
・配転命令が他の不当な動機や目的を持ってされた場合
・労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合
・その他特段の事情のある場合

たとえば、「工場の人員不足」を理由に本社から〇〇工場に作業員として転勤や職種の変更が命じられた場合に工場においてリストラによる人員削減が行われているような場合にはその転勤先の〇〇工場において「業務上の必要性」という合理的な理由はないことになりますから(人員が不足するなら〇〇工場で人員削減しなければよいだけだから)、そのような転勤は権利の濫用(※上記の「1.業務上の必要性がない場合」)に当たるといえるでしょう。

また、たとえば会社の不正をコンプライアンス部に訴えたところ会社から転機を命じられたような場合には「配転命令が他の不当な動機や目的を持ってされた」ものとして権利の濫用(※上記の③)に当たるものと考えられます。

もっとも、どのような場合に生活との調和を損なうと判断されたり、権利の濫用と判断されるかはケースバイケースで異なりますので、上記の1~5に当てはまると思われる場合は弁護士などの法律専門家に速やかに相談に行くことをお勧めします。

人事異動や配転命令を拒否する場合の具体的な対応方法

会社から出された人事異動や配転命令に承服できない場合は、会社の出す配転命令に対して明確に異議を表明することが必要です。

異議をとどめず配転命令に従うと、その人事異動や配転命令に承諾したと受け取られかねないので、「その配転命令には承服できません」という意思表示をする必要があります。

もっとも、単に人事異動や配転命令を拒否しているだけでは、会社側から「会社の命令に従わないということは職務違反になる」という理屈で解雇される場合もありますので、通常は配転命令に異議を留めつつ配転命令に従って何らかの対応(会社に配転命令の撤回を求めたり、労働局に援助やあっせんの申立を行ったり、裁判や労働審判で訴えたりすること)をとるということになります。

(1)異議を留めつつ人事異動・配転命令に従う場合

人事異動や配転命令に異議を留めつつも、解雇される不都合を避けるためにとりあえず人事異動や配転命令に従う場合は、使用者(会社・雇い主)に対して「配転命令にを拒否する通知書」や「配転命令の撤回を求める申入書」を送付してから人事異動や配転命令に従うようにしましょう。

このような申入書や通知書を送付しないで人事異動(配転命令)に従うと、人事異動(配転命令)を承諾したと受け取られかねないので必ず送付するようにした方が安全です。

なお、口頭で人事異動や配転命令に従わない旨を会社に対して通知することも間違いではありませんが、後日裁判になった場合などに「人事異動(配転命令)に異議を出したうえで人事異動(配転命令)に従った」ということを証明するためにも、「申入書」や「通知書」という書面で送付するほうが安全だと思います。

(※会社側が配転命令の撤回に応じないような場合には、後日裁判の証拠として利用できるように内容証明郵便で送付する方が良いかもしれません)

なお、この場合に会社に送付する通知書(申入書)の記載例についてはこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

就業規則や労働契約書に定めのない配転命令を拒否する通知書

勤務地や職種の限定を理由に配転命令を拒否する通知書

配転命令が法令に違反することを理由に拒否する通知書

転勤命令を仕事と生活の調和を理由に拒否する通知書

配転命令を権利の濫用を理由に拒否する場合の通知書

(2)労働局の紛争解決援助の申立制度を利用する場合

各都道府県に設置された労働局では、労働者と事業主の間に生じた労働トラブルについて必要に応じて助言や指導を行っています(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条※この手続きを「労働局の紛争解決援助の手続」といいます)。

会社側から出された配転命令(人事異動)に納得いかない場合も「労働者と事業主の間に紛争が生じている」ということになりますから、労働者と事業主のどちらか一方が労働局に援助の申立を行えば、労働局から紛争解決の助言を受けたり、違法な行為を行っている事業主に対して行政指導を行ってもらうことが可能ですし、”あっせん(調停のような手続)”の申し立てを行うことでトラブルの解決を図ることも可能です。

これら「労働局への援助の申立」や「労働局のあっせん」の手続は、全て無料で利用することができますので、会社との話し合いを行っても不当な配転命令が撤回されない場合には、労働局に援助やあっせんの申立を行うことも考えた方が良いかもしれません。

「労働局への援助の申立」や「労働局のあっせん」の手続の利用方法については、全国の労働局で相談を受け付けていますので気軽に問い合わせしてみるとよいでしょう。

なお、この場合に労働局に提出する申立書の記載例はこちらのページに掲載していますので参考にしてください。

就業規則や労働契約に根拠のない配転命令に関する労働局の申立書

勤務地や職種の限定を無視した配転命令に関する労働局の申立書

▶ 配転命令が法令に違反する場合の労働局の申立書の記載例

仕事と生活の調和に配慮されない転勤に関する労働局の申立書

権利の濫用にあたる配転命令を受けた場合の労働局の申立書

(3)弁護士などの法律専門家に相談する場合

上記のように、会社側に配転命令(人事異動)に対する異議や撤回の申し入れを行ったり、労働局に対する援助やあっせんの申し立てを行っても解決しない場合には、弁護士などの法律専門家に相談して裁判や労働審判などの裁判手続きを利用して解決を模索することも必要になるでしょう。