「退職するなら入社祝い金を返せ」と言われたら?

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ちょうだいの手

「入社したら〇万円の祝い金(ボーナス)を支給します!!」

といった求人広告につられて入社したばっかりにブラック企業に就職してしまった…

という人も多いのではないでしょうか?

(※別に入社祝い金を出す会社が全てブラック企業だと言っているわけではありません…)

このような入社祝い金(入社奨励金やサイニングボーナスと言ったりもします)の制度のある会社では、入社する際に「会社が定める一定期間を経過する前に退職する場合には支給した入社祝い金を返還しなければならない」という誓約書にサインをさせられる場合が多く見受けられます。

しかし、このような約束は、お金を支払わなければ退職させないことと同じであり、不当に労働者を会社に縛り付け労働者の退職の自由(職業選択の自由)を制限するものとなり不合理とも思えます。

そこで今回は、入社祝い金の制度のある会社を退職する際に「退職するなら入社祝い金を返せ」と言われた場合の対処法について考えてみることにいたしましょう。

※なお、「退職するなら研修費用や見習い指導料を返せ」と言われた場合の対処法についてはこちらのページを参考にしてください。

「退職するなら研修費用や見習い指導料を返せ」と言われたら?

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退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意の意味するもの

入社した場合に支給される入社祝い金の制度がある会社では、会社が定める一定の期間を経過する前に会社を退職する場合には、その受け取った入社祝い金を会社に返還しなければならないという合意を入社時に取り決めることが多くあります。

このような合意がある場合、会社が定める一定期間を越えて勤務した場合には退職しても入社祝い金の返還は求められませんが、一定期間内に退職する場合は会社から支給された入社祝い金の返還を求められることになります。

そのため、仮に何らかの事情でやむを得ず会社を退社しなければならない場合であっても、支給された入社祝い金の返還ができない場合には会社を退社することはできず、自分の意思に反して会社に勤務し続けなければならなくなる恐れがあります。

退職の自由(職業選択の自由)を侵害する可能性

前述したように、「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意は、労働者が自由に退職することを制限し、会社に拘束させることにつながります。

しかし日本の法律では、期間の定めのない雇用契約であれば使用者の許可など必要なくいつでも退職することは可能ですし(民法627条1項)、期間の定めのある雇用契約であっても契約期間の初日から1年を経過すれば使用者の許可なく自由に退職することができ(労働基準法137条)、またやむを得ない事由がある場合には1年を経過しなくても自由に退職することはできると定められています(民法628条)。

退職したいのに辞めさせてくれないときの対処法

そのため、入社時に会社との間で取り交わした「〇年以内に退社した場合は受領した入社祝い金を直ちに全額返還する」などという合意は、法律に反する結果となり、その合意自体が違法と判断され無効となる可能性があります。

強制労働の禁止に違反する可能性

また、日本の法律では使用者(会社・雇い主)が労働者(社員・従業員)を暴行・脅迫その他精神又は身体の自由を不当に拘束することによって強制的に働かせてはならないと定められています。

【労働基準法5条】

使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

そして「〇年以内に退社した場合は受領した入社祝い金を直ちに全額返還する」という合意は、「入社祝い金を返還しなければならない」と労働者を精神的に追い詰め、「返還できなければ退社できない」と思わせることによって不当に会社に拘束し、「退職したい」と考えている労働者に会社での労働を強制することを意味します。

そのため「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意は強制労働の禁止を規定した労働基準法5条に違反することになり無効と判断される可能性があります。

違約金・損害賠償額の予定の禁止に違反する可能性

さらに、労働基準法では、使用者(会社・雇い主)が労働者(社員・従業員)に対して予め違約金の支払いや損害賠償額を予定することを禁止しています(労働基準法16条)。

【労働基準法16条】

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

この条文を「〇年以内に退社した場合は受領した入社祝い金を直ちに全額返還する」という合意に置き換えると、

労働契約の債務不履行 一定の期間は会社に勤務しなければならないという『労働契約の債務』をその契約どおりに履行しない『不履行』のこと
違約金・損害賠償額の予定 期間内に退職する場合には受け取った入社祝い金と同額を『違約金』または『損害賠償金』として返還するという『予定』を合意する

ということになります。

したがって、入社時に会社と取り交わした「〇年以内に退社した場合は受領した入社祝い金を直ちに全額返還する」という合意は、この労働基準法16条に定められた「違約金・損害賠償額の予定の禁止」にも反する可能性があることになります。

「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意が無効と判断される場合

以上のように、入社時に会社と取り交わした「〇年以内に退社した場合は受領した入社祝い金を直ちに全額返還する」という合意は、退職の自由を定めた「民法627条」「民法628条」「労働基準法137条」に、また強制労働の禁止を定めた「労働基準法5条」に、さらに違約金・損害賠償額の予定の禁止を定めた「労働基準法16条」に違反する可能性があると言えます。

そして、これらの法律に違反する合意は法律的に無効と判断されますから(労働基準法13条)、仮に「〇年以内に退社した場合は受領した入社祝い金を直ちに全額返還する」という合意を取り交わしている場合であっても、入社祝い金を返還しなければならない義務はなく、返還しなくても退職することが可能と言えるでしょう。

もっとも、いかなる場合にも「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意が無効と判断されるわけではなく、その有効性(違法性)の判断は、その支給された祝い金の「金額」や「退職を制限する期間の長短」などの要素によってケースバイケースで異なってきますので、個々の事案ごとに慎重に考えていく必要があります。

たとえば、過去の裁判例では「1年以内に退職した場合には全額返還する」という合意のもと入社時に200万円のボーナスが支給された事案で、この合意が違約金・損害賠償額の予定を禁止する労働基準法16条に違反するとして無効と判断されたものがありますが(日本ポラロイド事件・東京地裁平成15年3月31日)、仮にこの場合に支給されたボーナスが”5万円”であった場合には金額が少ないことから退職を制限する程度がそれほど大きくないともいえますので、この合意も有効と判断された可能性も否定できないでしょう。

そのため、このように全ての案件で無効と判断されるというわけではなく、事案によっては「○年以内に退職した場合には全額返還する」という合意も有効と判断され、退職する場合には受け取った入社祝い金を返還しなければならないとされる場合もあるかもしれませんので注意が必要です。

※あくまでも私見ですが、たとえば5万円の入社祝い金が支給され「入社後1か月以内に退職する場合には受領した入社祝い金全額を返還しなければならない」という合意をしたような事案では、返還しなければならない金額が5万円とさほど高額ではなく、返還が免除されるまでの在籍期間も1か月間と比較的短期間に設定されていることから、この合意も有効と判断され、「退職するなら受け取った入社祝い金を支払え」という会社側の主張が認められることもありえるでしょう。

「退職するなら入社祝い金を返せ」と言われた時の対処法

上記のように、「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意は無効と判断される可能性がありますから、仮に退職する際に会社から「退職するなら入社祝い金を返せ」と言われたとしても、必ずしも会社の言うとおり受け取った入社祝い金を返還したり、会社の定める期間まで我慢して会社に勤務し続けるといった行動をとる必要はないと言えます。

もっとも、とは言っても会社が「退職するなら入社祝い金を返せ」としつこく請求してくることもあると思いますので、その場合の対処法を考えなければなりません。

① 「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意が労働基準法などの法律に違反することを説明し理解してもらう

まず、会社が「退職するなら入社祝い金を返せ」としつこく迫ってくる場合は、前述したようにそのような合意が労働基準法などの法律に違反する違法なものであり無効なものであるというとこを説明し理解してもらうよう努力しましょう。

話し合いで解決できるようであればそれに越したことはありませんので、まずは上記で説明した内容を参考に上司などに理解してもらうよう努めてください。

入社祝い金の返還を拒否する通知書【ひな形・書式】

② 労働基準監督署に違法行為の是正申告を行う

会社に説明しても理解をしてもらえない場合は、労働基準監督署に”違法行為の是正申告”を行うのも一つの方法として有効です。

≫ 入社祝い金の返還に関する労働基準監督署への違法申告書の記載例

労働基準監督署では、使用者(会社・雇い主)が労働基準法に違反する行為を行っている場合に、労働者(社員・従業員)やその他の第三者から違法行為の申告があった場合には、労働基準監督署が会社に対して報告や出頭を求めて調査を行い、違反行為に対する是正勧告や検察への刑事告発を行う場合があります。

前述したとおり、「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意は、違約金や損害賠償額の予定の禁止を定めた労働基準法の第16条に違反する可能性がありますし、会社側が「入社祝い金を返還しない限り退職を認めない」と言ってくる場合には強制労働の禁止を規定した労働基準法第5条や退職の自由を定めた労働基準法第137条に違反する可能性が高いと思われますので、会社側が入社祝い金の返還にこだわる場合も労働基準法に違反するものとして労働基準監督署に違法行為の是正申告を行うことが可能でしょう。

≫ 全国労働基準監督署の所在案内 |厚生労働省

違法行為の是正申告によって労働基準監督署が会社に調査や是正勧告を行えば会社の態度が改められる可能性もありますので、その場合には入社祝い金を返還することなく退職することが出来るかもしれません。

③ 労働局に個別労働紛争解決の援助の申立を行う

各都道府県に設置された労働局では、労働者と事業主の間で紛争が生じた場合に、当事者の一方から援助の申立があった場合にはその解決のために助言や指導を行うことができます(これを労働局における”紛争解決援助の申立”といいます)。

この点、会社側が「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意があることを根拠に入社祝い金の返還を執拗に求めたり、「入社祝い金を返還しない限り退職を認めない」と主張して退職を妨害している場合にも”労働者と事業主の間で紛争が生じている”ということができますので、労働局に対して「紛争解決援助の申立」を行うことが可能です。

≫ 都道府県労働局(労働基準監督署、公共職業安定所)所在地一覧|厚生労働省

労働局に紛争解決援助の申立を行うと、必要に応じて会社に調査や報告を求め行政指導や必要な助言を行ってもらうことができますので、労働局の助言や指導に会社が応じるような場合には入社祝い金の返還を返還しないで退職することが認められる可能性もあります。

この「紛争解決の援助の申し込み」に定型の書式はありません(都道府県の各労働局で様式が異なっています)のでワードなどの文書作成ソフトで適宜な書面を作成してかまいませんが、書き方がわからない場合はこちらのページに記載例を挙げておきましたので参考にしてください。

入社祝い金の返還に関する労働局の紛争解決援助申立書の記載例

ちなみに、東京労働局のサイトから東京労働局で使用されている援助申立書の様式をダウンロードすることが可能です(※東京以外でもこの様式を使用して申し立てを行っても問題ないと思います)。

様式 | 東京労働局

④ 弁護士などの法律専門家に相談する

労働基準監督署に対する違法行為の是正申告や労働局への紛争解決援助の申立を行っても問題が解決しない場合には、弁護士などの法律専門家に相談し、「退職する場合は入社祝い金を返還する」という合意が法律に違反するものではないか、確認してもらったうえで弁護士などに示談交渉や裁判、調停などを行ってもらって解決を図るほかないでしょう。

弁護士?司法書士?社労士?労働トラブルの最適な相談先とは?

⑤ 会社が「入社祝い金を返還しなければ退職させない」と主張して退職願を受け取らない場合

なお、会社が「入社祝い金を返還しなければ退職させない」と主張して退職願の受理を拒んでいるような場合には、こちらのページを参考に、会社に対して退職願を内容証明郵便で送付するなどの対処を取るほかないでしょう。

退職したいのに辞めさせてくれないときの対処法


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